本連載は、「 エキスパートへの道しるべ(Load to Expert) 」をテーマとして、初級者がエキスパートになるためのヒントを、日本を代表するエキスパートの方々に伺う企画です。
今回のインタビューでは、Webアクセシビリティの啓発や実践、執筆活動で知られる伊原力也さんに登場いただきました。フリー株式会社でのデザイン業務のかたわら、社内外でアクセシビリティの啓発を行い、現場での実践知を豊富に持つ伊原さんに、Webアクセシビリティの本質や、エキスパートになるまでの道のり、そしてこれからの技術と社会の接点について伺いました。
(本インタビューは2025年3月24日に実施されました)

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Webアクセシビリティとは何か
――まずは自己紹介をお願いします。
伊原: はい。現在、フリー株式会社でデザイナーとして働いている伊原と言います。業務の中ではユーザーリサーチやUI/UX設計を行っていますが、それと並行して社内のアクセシビリティ啓発活動や、社外でのアクセシビリティコンサルティング、書籍執筆なども行っています。
――そもそも、Webアクセシビリティとはどういうものなのでしょうか。
伊原: アクセシビリティにはさまざまな説明がありますが、Webアクセシビリティについては「 Webにあるコンテンツやサービスへのアクセス可能性を最大化すること 」だと捉えています。たとえば視覚や聴覚に障害のある方、手が使いづらい方、日本語が得意でない方など、あらゆる人がWebを使えるようにすること。それが技術的な意味でのアクセシビリティ向上です。
――なぜその分野に関心を持たれたのですか?
伊原: Webで何かを作る以上、まともなものを作りたい。その思いが出発点でした。Webはもともと、論文を多くの人に読ませるために作られた仕組みです。誰でもアクセスできるという性質を最大限活かすべきなのに、実際には「使えないWebサイト」がたくさんある。
私自身、視覚障害のある友人がスクリーンリーダーで使えないサイトが多いと困っている姿を何度も見てきました。その体験が、アクセシビリティの重要性に目を向ける大きなきっかけになりましたね。
エキスパートになるまでの学び方
――伊原さんは、どのようにアクセシビリティを学んできたのでしょうか。
伊原: 特別な方法を取ったわけではなく、基本的には「読む・作る・試す・伝える」の繰り返しです。
最初に取り組んだのは、WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)を読むことでした。私が以前所属していた制作会社であるビジネス・アーキテクツでは、「 まず仕様を読め 」という文化があり、HTMLやCSSの仕様と同時にアクセシビリティのガイドラインも自然に読むようになりました。
その後は、実際にガイドラインをもとにしたWebデザインやフロントエンド実装を行いました。ただ、それだけでは足りません。ユーザビリティテストのように、アクセシビリティを必要とするユーザーに実際に触ってもらって、使えるかどうかを確かめる。そうした実地の検証が非常に大事です。
さらに、登壇や執筆、コンサルティングなどのアウトプットを通して、自分の理解を深めてきました。人に伝えようとすると、自分でも整理しないと話せませんからね。

成功と失敗から学んだこと
――印象に残っている成功体験・失敗体験はありますか?
伊原: 成功体験としては、 アクセシビリティを意識して作ることで、実際に「使えるようになった」と言ってもらえたとき ですね。当たり前のように思えますが、Webにはまだまだアクセシビリティが不十分なコンテンツが多いです。
逆に、失敗としては「使いづらい」とフィードバックをもらうことです。いくらガイドラインに沿っていて、技術的にはできているつもりでも、それが実際のユーザーにとって使えるものでなければ意味がない。つまり、 「技術的にOK」と「実際に使える」は別物 なんですよね。
初学者におすすめの学び方
――これから学び始める人におすすめのリソースはありますか?
伊原: 初学者向けで特におすすめなのは、間嶋 沙知さんの『見えにくい、読みにくい、困った!を解決するデザイン』という本です。さまざまな属性のユーザーが、どんな壁にぶつかっているか、そしてどう改善できるかが事例ベースでわかります。
その後に読むと良いのが、『デジタル庁 Webアクセシビリティ導入ガイドブック』です。WCAGを噛み砕いて丁寧に解説しており、非エンジニアでも読みやすいです。
技術的な実装を学ぶには『Amebaアクセシビリティ・ガイドライン』が非常にわかりやすいです。
また、私自身が執筆した『モバイルアプリ アクセシビリティ入門』や『Webアプリケーションアクセシビリティ』も、中級〜上級向けですが、段階的に学べる構成にしています。
今注目しているトピック
――最近注目しているトピックがあれば教えてください。
伊原: まず1つ目は、 生成AIとアクセシビリティの接点 です。AIがアクセシブルなUIやマークアップを自動生成したり、アクセシビリティチェックの自動化を推進することで、開発者の負担を減らせるのではないかと期待しています。
2つ目は、 ユーザー側の支援技術にAIを組み込む動き です。すでにスクリーンリーダーには画像認識AIが組み込まれ始めていますが、たとえば構造化されていないボタンでもAIが意味を補ってくれるようになると、今まで以上に使いやすくなるでしょう。
3つ目は、現場にもっと多様な当事者を含めるという インクルージョンの視点 です。アクセシビリティを身近に感じられる現場づくり、教育プログラム、インタビューの仕組みなどに関心があります。
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エキスパートが語る、Webアクセシビリティ初学者へのメッセージ
伊原: アクセシビリティは「特別対応」ではなく、Webが本来持っている仕組みを正しく使いこなすこと です。誰もがアクセスできることがWebの前提ですから、そこから始めるのは当然だと思います。
アクセシビリティの理解が進むと、デザインやフロントエンドの基礎的な理解も深まっていきます。やって損はありませんし、Webプラットフォーム全体の進化にもつながる。興味を持った方は、ぜひ一歩踏み出してみてください。
参考リンク集
- WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)
- 見えにくい、読みにくい、困った!を解決するデザイン
- デジタル庁 Webアクセシビリティ導入ガイドブック
- Amebaアクセシビリティ・ガイドライン
- モバイルアプリアクセシビリティ入門(共著)
- Webアプリケーションアクセシビリティ(共著)
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