撮影:Business Insider Japan
パナソニックのB2Bソリューション子会社パナソニックコネクトが、国内1万2500人の全従業員にChatGPT相当の機能を備えた、独自の社内AI「ConnectGPT」を提供すると公表したことが産業界で注目を集めている。
国内大手では「使用禁止」を通達する企業もあるなかで、ChatGPT導入事例として先進的だ。さらに、実際に社内への浸透も進んでいるというのが興味深い。
日本企業はいかにChatGPTを「業務」で使い、生産性を高められるのか。
導入から1カ月あまり経った時点のデータをもとに、パナソニックコネクトに可能性を取材した。
パナソニックは4月14日、ConnectGPTをベースに開発した全社版「PX-GPT」をグループ全体に拡大、国内9万人の社員向けに提供開始した。
開発は「ChatGPT騒動の前」からスタートしていた
パナソニック執行役員CIOでIT・デジタル推進本部長の河野昭彦氏とマーケティングIT統括担当の向野孔己氏
撮影:Business Insider Japan
「AIは現代の読み書きそろばん。『やるかどうか』ではなく、『いつからやるか』だ」
執行役員CIOでIT・デジタル推進本部長の河野昭彦氏はBusiness Insider Japanの取材にこう話した。
実はConnectGPTの開発プロジェクトは、「ChatGPT」が話題になる前の2022年10月からスタートしている。
OpenAIの自然言語処理モデルGPT-3の米国での活用事例から、「マーケティングに使えないかと構想したのがきっかけだった」と、プロジェクトを主導した戦略企画部シニアマネージャー マーケティングIT統括担当の向野孔己氏は振り返る。
2022年10月に構想がプロジェクト化した時点で、「この技術の活用範囲はマーケティングに限らないと考え、全社導入に向けて動き出した」という。
「ConnectGPT」と名付けられた、パナソニック コネクトのAIアシスタントは、マイクロソフトがAzure上で提供する、GPT-3.5の法人向けサービスをベースに開発されている。
ConnectGPTの操作画面サンプルと活用例。ChatGPTでは、Excelで読み込めるような形式でデータを出力させることもできる。
出典:パナソニックコネクト
2月の社内導入時はGPT-3.5で構築されていたが、3月13日からはAzure上でChatGPTも利用可能となったため、現在はChatGPTをメインに活用されている。
「システム上はGPT-3.5も選べるようになっていますが、ChatGPTでは連続性をもって質問できるのに対し、GPT-3.5は一問一答。実態としては上位互換で、ChatGPTの方が聞きたいことに答えてくれるし、精度も高い。
GPT-3.5を選ぶシーンはあまりないと思います。これがGPT-4になるとまた変わってくるが、こちらは今Azure上だと、プレビューのウェイティングリスト状態です」(向野氏)
すでに先行報道でも指摘されているが、ChatGPTを使える仕組みを自社開発したのには、機密情報を扱う法人ならではの理由がある。
Azure上のサービスを選択したのは、「入力した情報を、学習データに活用しない(2次利用)ことが明言」されており、「一定期間で情報が消去」されること、また「プロンプトに対してフィルタリング機能がある」など、法人が使う際のセキュリティ面が確保できるからだ。
「4カ月で開発」したConnectGPT
ConnectGPTの操作画面。
画像提供:パナソニックコネクト
ChatGPTが話題になるさなかでのスピード導入は、その開発スピードも気になるところだ。
向野氏によると、10月にプロジェクトが始動して、開発は4カ月間。
その間に、
- 企業向け用途を考えた「プリセットのプロンプトの用意」
- 英語で聞く方が質の高い解答が得られるケースがあるため「英翻訳する自動翻訳機能」
- 社内のフィードバックに活用する目的で「AIの回答を5段階で評価する機能」
などを盛り込んだ。
ConnectGPTでは、あらかじめ業務利用で想定されるプロンプト(AIへの指示)をプリセットで用意した。用途の方向付けをすることで、習熟していない人でも幅広く業務に活用しやすくなる。
画像提供:パナソニックコネクト
2月17日の国内社員への提供開始から1カ月時点の成果は、質問数が累計5万5000件以上、1日平均では2600件以上にのぼる。
興味深いのは、回答に対する社員の定性評価で、GPT-3.5を使っていた当初は5段階で2.8にとどまっていたのが、特にChatGPTの採用以降は平均3.75と目に見えて向上したという。
仕事で使うChatGPTは、どの部分の「生産性」が向上するか
ChatGPTを業務に使い始めて、社員はどんな活用方法をみつけているのか。
向野氏は、業務を一般化すると以下のような4段階があり、「アイデア創出」に相当するプロセスの生産性向上にインパクトがあるという。下の図のようなイメージだ。
取材をもとに編集部作成。資料作成の業務を想定している。
画像:Business Insider Japan
資料作成を想定したプロセスでは、
- 情報を集める
- 情報を整理する
- ドラフトを作成する
- 仕上げる(判断する)
という4段階の作業がある。このうち「1~3までをAIアシスタントがサポートすることで、4(仕上げ)に集中できる」と向野氏。
ポイントは、アイデア創出の「人の作業」を減らし、質を高めることに人間が集中することで、生産性が向上する、とする。
一方で、「よく(外部の企業などから)どの業種、職種に有効ですかと聞かれるんですが、(まだ)正直わからない部分もある」ともいう。
本当の意味での「役立つ使い方」は社員自身が創りだしていくからだ。
「だからこそ、広く全社で使ってもらえるようにしたんです。その結果、法務や経理といった部署でも、積極的に活用」できることが実例からわかってきた。
企業法務でChatGPTを使うというのは意外かもしれないが、こんな事例があるという。
「例えば法務では、改正された法律について社員の認知を広めるために、クイズを作ったりします。
今までだったら法律文を全部読んで、そこから問題を作らなければならなかったのが、AIアシスタントが問題の下書きを作ってくれる。(ChatGPTは)こんなことにも使えるというのは、全社導入したからこその気づきです」(向野氏)
会社員は色々な細々した業務を抱えている。こういう社内向け業務も、人が作っていたら小一時間はかかってしまう。それを「ChatGPTにサポートしてもらう」わけだ。
導入1カ月時点の累計5万5000件の質問からは、大きく分けて「聞く」と「頼む」の2つの使い方が見えてきた。
アドバイスや専門知識、アイデア、ITサポートなどを「聞く」ほか、何かの判断や文章、資料の作成、プログラムのコード作成を「頼む」といった用途に使用されている。
具体的な使用例としてあげられたのは、以下のようなものだ。
ConnectGPT導入1カ月 11の応用例
Business Insider Japan
もう少し踏み込んで、具体的にどれくらいの生産性向上があったのかも聞いた。
「自由回答アンケートの感情分析」では1581件のデータを扱った。人力作業では1件20秒として約9時間かかる業務が、ConnectGPTを使うことで約6分で完了したという。
「自由回答のコメントをConnectGPTに読ませて、ポジティブ、ニュートラル、ネガティブで判断させます。精度が気になると思いますが、ネガティブに関しては人が見るのと比較してもすごく正確です。
ポジティブとニュートラルは、人が見る場合でも結構曖昧ですよね。完璧ではないかもしれないですが、70点くらいの分析はできているように見えます」
組織導入で見逃せない「ChatGPTの費用対効果」の考え方
取材をもとに編集部が作成。
Business Insider Japan
最後に、大企業の先進テクノロジー導入で見逃せないのは「コスト」の話がある。
業務効率化の「費用対効果」は、パナソニックコネクトではどう考えたのか。
「これからはAIを使うか使わないかで、生産性に大きな差が出る世界になっていく。だったらいち早く(社員に)使ってもらって、プロンプトエンジニアリングのスキルをあげた方がいい」(河野氏)
撮影:太田百合子
河野氏によると、3月末までは、「まずは、どんなものか使ってみようというスタンスでやってきた」とする。ちょうど導入が2月半ばだったため、1カ月半程度で決算の期末になる。この間に、標準的な使われ方を見れば、年間のコスト算出もできるという考え方だ。
実際、1カ月程度の費用をみた結果、2023年度の運用・開発継続は決定している。
ちなみに、ConnectGPT開発にあたっては、あくまで一般顧客としてAzureのOpenAIサービスを使っているため、利用コストに関してマイクロソフトとの特別なパートナーシップはないそうだ。
今後、Microsoft Azureのサービス提供開始にあわせて、より高性能なGPT-4の導入も視野に入っている。ただ、GPT-4ベースになると、最新の自然言語処理モデルは扱える文字数(トークン数)が多い一方で、使い方によっては利用コストも高くなる。
例えば向野氏の試算によると、あくまで一般論だがGPT-4のAPIを使った場合、選ぶモデルや質問と回答のトークン数の組み合わせによっては、質問1つで最大270円のコストになるようなケースは理論上ありえる、と苦笑いしながら言う。
向野氏は「社内でどのくらい使われるのかも見えてきたので、これからはコストを計算しつつ『投資』をしていくフェーズに入っていく。ROI(投資利益率)も考えていかなければいけない」という。
向野氏。ChatGPTに「弁護士だという想定で回答してください」のような「なりきり」はAI研究者も興味深いとするAI活用テクニックの1つ。こうしたものもプリセットに組み込んだ。
撮影:太田百合子
利便性は早々に多くの社員が認めている。ただ、業務として使う以上、ConnectGPTによってどれくらい業務効率が上がったのかは、何らかの指標化も求められるだろう。
向野氏は、ROIはAIアシスタントの使用によって「削減された時間」と「質問した回数」からおおまかに導き出せる、という。しかし一方で「時間だけでなく質も向上しているはず。その指標を示すのは簡単ではない」とも。
河野氏は「どちらかというと、『働き方のインフラを整える』という考え方」だと説明する。
「例えば、ネットワークを強化してもその効果はわかりにくいが、通信が遅いと社員のイライラはミルフィーユ状に折り重なっていく。そのひとつ、ふたつを剥がすくらいの感覚でやらないといけない
『ひとつはがすのにいくら』ではなく、そこはパッケージとしてとらえています」。
従業員の生産性を上げるための、ひとつのツールとしてパッケージで考えれば予算も通しやすい、という考え方だ。
さらにGPTを活用していく展望
本格導入の先に見据えるのは、前出の注意事項の(4)にも挙げられていた、社内情報をどう組み込んでいくかだ。現在、マイクロソフトと協力してアーキテクチャを検討するとともに、「ConnectGPT」を使用中の社員から、「モデル構築につながるアイデアも集めている」という。
「社内情報で最初に取り組みたいと考えているのは、(自社の)ニュースリリースを読ませること。もともと公開されている情報なので使いやすいこともありますが、自社の製品やサービスについての要約など、簡単に情報を閲覧できるようにしたい」と向野氏。
さらにカスタマーサポートのデータを活用し、サポートの担当者が過去の事例から「お客様への回答のドラフトを作れるようにしたい」という。
ここまで積極的に新しい技術に向き合えるのは、樋口泰行社長が後押しした社風の側面もあるが、日本の大企業らしからぬ、力みすぎない「向き合い方」も関係しているのではないだろうか。
取材のなかで、河野氏は「AIはそもそも不完全なものだ」とも発言していた。
不完全であることを前提に付き合う、という判断を会社として進めたことが大きかった。
「チャレンジしてダメだったら、すぐにやめたらいいだけです。(必ず成功するかどうか)あれこれ考えるよりも、実践して、課題を出したほうが早い」(河野さん)