見出し画像

それでも、デイリースクラムをやらない理由とは?

 引き続き「アジャイルをやることは目的ではない」から、アジャイルが言っていることをそのまま取り入れていくなんてことやらないように、という論調は存在する。アジャイルが手段なのか目的なのかはこちらで書いたので読んで頂くとして。今日は、型とどう向き合うのかという話。

 スクラムの型といえばスクラムガイドがそれにあたる。このスクラムガイドで書いている内容を何らかの理由でそのまま取り入れられないと判断したとする。その理由は「やむを得ず」という場合もあるし、意図的に「やらない」という判断の場合もあるだろう。

 どっちでも良いが、最初にすらっと一読して、あとは一瞥もくれず、チームの時間を過ごしていこうというのでは危うい。型を採用する度合いについてはチームに委ねられるが、型に立ち戻ることは奨励したい。つまり、スクラムガイドを見直していますか、と。

 チームのやり方はチームが決める。それは良しとして、得てして辿り着くところは「起きていることはすべて正しい」になる。

「チームで判断したことなのだから結果がどうあれ(まあ良しとする)」
「チームが判断したことなのだからその意思決定に口を挟まないで」
と、結論付けるにしても、何から考えるのか順番が大事だ
 最初に「起きていることはすべて正しい」という判断を持ってきてしまうと、チームの活動はたいてい易きに流れる。より良くなろうとするきっかけを失いかねない。
 そうしたチームでファイブフィンガーを取るとおおむね「3(まあまあ)」があがる。「まあこんなもんかな」が大勢を占める。そして、チームにはなんとも言えないモヤミが漂い。特別良いわけでも悪いわけでもない状態が支配的になる。

 だから、型と向き合う時間を置いておく。チームで型に向き合い、自分たちとの差分を取るようにする。ふりかえり、むきなおりの時間がちょうど良いだろう。

 型で言っていることができていないことは本当にチームにとって良い状態なのか? 型ではなぜこのプラクティスを推奨しているのか、その意義を自分たちは捉えられているのだろうか? など、「自分たちの正しさ」を脇に置いて、見つめ直す。

 一例として「デイリースクラム」をあげたい。デイリースクラムは特に、昨今省略されることが多いプラクティスのように感じる。
「さすがに、ほぼ日で状態確認するまでもないかな」
「毎日やるなんて、とてもできない(兼務もあるし)」
など様々な理由から割愛される。

 で、観るべきは、結局「チームの状態はどうなのか」なのだ。
 もし、チームの状態が思っていたほど良い状態にはなっていない、なんとなくモヤミが漂っている、のだとしたら、その上でデイリースクラムを試さない理由はなくなる。というのは、アジャイルとは「いかに早く状態の問題(異常)に気づき、必要な手当を早く行えるか」にその意義の一つがあるからだ。
 スプリントを採用している限り、その長さ分の中で異常検知ができる可能性がある。それでもチームがよくならないとしたら、自分たちの思うようにいかないとしたら。その異常検知のスパンを短くするのが手立てになる。つまり、デイリーで。場合によってはさらに短く。
 こまめに自分たちの状態を自分たちで捉えるようにする。至極簡単な理屈だ。あとはどのくらいの頻度(ほぼ日?毎日?半日?)でおこなうか、どういう集団でおこなうか(文脈を共通にしたい、できる範囲とは)、何を問うかを自分たちの状況に合わせて調節すれば良い。正解は一つではない。

 さて。それでも、デイリースクラムをやらない理由とは?

(レッドジャーニーアドベント24日目)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?