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KPIを追いかけていたらプロダクトビジョンにたどり着いた話

はじめに

みなさんこんにちは。SmartHRのプロダクトマネージャー @ryopenguinです。

この記事では、KPIを軸にプロダクト運営をしてきた2021年の振り返りと、そこで得られた学びについて書こうと思います。
KPIの導入によって、チームの目線を揃えた上でプロダクトを改善できるようになりました。また、プロダクトのポジショニングやビジョンについて改めて考えるきっかけにもなりました。
KPIやNSM(North Star Metrics)、プロダクトビジョンの扱い方について、この記事がヒントになれば幸いです。

「従業員サーベイ」とは

今回題材となるプロダクトは、私が担当する「従業員サーベイ」です。

従業員サーベイは、従業員に対してアンケートを送付し、その結果とSmartHR内に蓄積された従業員情報を掛け合わせ、企業の状態を分析できるプロダクトです。2020年9月より提供を開始しました。これは労務領域ではない「人材マネジメント」という新しい領域のプロダクトとなります。

私は前任者からPMを引き継ぐ形で、2021年の1月から開発チームに参加しました。

KPIを決めるまで

データを見てはじめて現状に気づく

従業員サーベイは立ち上げから順調にMRR・契約数が成長していました。具体的な数値は掲載できませんが、非常に早いペースでした。
その一方で、開発チームからは「売れてはいるが、Product Market Fitしている感じがしない」「本当にユーザーに使われているか不安」といった声を聞きました。自分自身も、ロードマップアイテムの優先順位の根拠が乏しいと感じていました。また、施策の効果を測るためのプロダクト指標も定義されていませんでした。
そこで、プロダクトがどのような状況にあるのか、まずは基本機能の利用状況データをダッシュボードに可視化していきました。

実際のダッシュボード
その結果、契約母集団に対してサーベイを送信しているユーザーが非常に少なく、多くのユーザーが休眠している可能性があることがわかりました。今まで漠然とした不安がありましたが、使われていないことが可視化されるのはとてもショックでした。

プロダクト外の影響を忘れずに

しかし、基礎的な集計だけでは、この休眠を「課題である」と断じることはできません。これは、従業員サーベイというプロダクトが「SaaSのアップセルプロダクト」であるためです。
SmartHRのプロダクトは、従業員データを持つ「SmartHR本体」と、オプション機能となる「プラスアプリ」に大別されます。
プラスアプリは、SmartHR本体の従業員データや権限を利用するため、単体で販売されることはありません。このため、SmartHR本体のオンボーディング(例:従業員データの登録)が終わっていないと、従業員サーベイを使い始めることができないのです。

SmartHR本体とプラスアプリの関係性
一見「休眠」しているように見えるユーザーの中には、単純に契約したばかりのユーザーも含まれています。この場合、「休眠」群から「SmartHR本体の従業員登録が終わっていないユーザー」を除外する必要があるのです。
さらに、考慮すべき点は本体との連携だけではありません。従業員サーベイのオンボーディングイベントや導入の進捗を確認するMTGなど、カスタマーサクセスやPMMが主導しているユーザー接点も重要です。このオンボーディングイベントなどで実際にサーベイを送信するスケジュールを決めるユーザーもおり、「使っていない」ユーザーが「休眠」ユーザーかどうか判断するには、ビジネスサイドの持っているスケジュールも確認する必要があります。特に、業務用プロダクトは一度利用してから次に利用するまでの間隔が長いことがあるので、PMの先入観で決めず、ユーザー接点を持つメンバーと適宜相談するべきでしょう。
このように、データだけではなくプロダクト外の変数として何があるかも含めて、何が起きているかを理解することが重要です。

ようやく課題が分かる

改めてSmartHR本体の影響やビジネス組織のオンボーディングなどを考慮して分析をしたところ、やはり相当数のユーザーが休眠していることが明らかになりました。
休眠ユーザーは解約リスクの高いユーザーと言え、収益に影響を与える危険性があります。そこで、2021年度は休眠ユーザーの呼び戻し・アクティブ化をチームの共通目標に据えました。

KPIを頼りにプロダクトを運営する

KPI設定はコミュニケーションを取りながら

以上の分析結果が出て以降、休眠ユーザー率を開発チームの主なKPIとして運用を開始しました。このとき、KPIを一方的にチームに伝えるのではなく、こまめに途中の集計結果や仮説を説明することを意識しました。前述したSmartHR本体やオンボーディングイベントの影響なども、チームメンバーからフィードバックをもらって気づいた観点です。

分析や指標の決定は、1人で実施するべきではなく、都度のアウトプットが重要です。より精度の高い仮説のアイデアや指標そのものへの疑問を集めることができる上に、完成した指標への理解度が高い状態で開発を進めていくことができます。

ついに方針変更へ

指標が決まってからは数ヶ月に渡り、毎日変化量を追いながら、さまざまな打ち手を実行しました。しかし、指標そのものの改善は芳しくありませんでした。

そこでPMMの協力のもと、休眠ユーザーへアンケートとインタビューを実施しました。併せて、社内のセールスやCSにも聞き取りを行い、従業員サーベイを扱う上での課題を探りました。
すると、以下のような情報が得られました。

  • (労務と兼務する)ユーザー担当者が忙しくて使えていない・難しくて使えていない
  • ユーザーは「従業員サーベイ」そのものを評価して契約するというよりは、SmartHR総体として評価し、個別の製品としての理解度はそこまで高くない
  • セールスやカスタマーサクセスがサーベイの訴求に苦心していた

また、同時期に「人材マネジメント領域」の戦略を他プロダクトのメンバーと議論する機会がありました。
さまざまな議論があった上で、SmartHRは労務と人事を兼務している担当者や、これから人材マネジメントを始める担当者の方々を多く顧客とすることから、「人材マネジメントの一歩目」を支援することが提供価値を最大化できると結論付けました。
しかし、それまで従業員サーベイでは、人事関連の企画業務を行っている部門の管理職クラスを対象とし、従業員のエンゲージメントを可視化するという、比較的高度なユースケースを主に訴求していました。

以上を総合すると、想定していたターゲットと利用ユーザーがズレている可能性が高そうでした。つまり、SmartHR全体のターゲットとオプション機能である従業員サーベイのターゲットが噛み合っていないからソリューションが受け入れられず、かつ訴求もしづらいという仮説です。

この状況に対処するため、2021年下期にプロダクトのターゲットを現状のユーザーと噛み合うように見直し、ロードマップアイテムも変更、新しいターゲットに合わせた機能をリリースしました。
その結果、数値としては休眠ユーザーを大幅に活性化することに成功しました。

KPI導入の学び

SaaSのアップセルプロダクトは “SOM” が大事

SaaSのアップセルプロダクトはある程度の顧客基盤が既にあるため、急速に成長できるという強みを持っています。従業員サーベイの初期の急速な成長は、この強みに裏打ちされていると考えています。
一方で、オンボーディングまでの流れや販売プロセスなど、アップセルプロダクトはすべてにおいてメインプロダクトのユーザーの影響を受けてしまいます。

今回は指標を導入したことで、SmartHR全体のアーキテクチャやプロセスを意識するきっかけになりました。
メインプロダクトと大きく離れたポジショニングをしてしまうと、既存顧客などのアセットを活かせなくなり、アップセルプロダクトの強みを生かしきれないことがあるのです。これはメインプロダクトと異なるドメインのプロダクトを提供する場合、特に意識する必要がありそうです。

アップセルプロダクトは属するドメインの市場規模だけを見るのではなく、Service Obtainable Market(実際にアプローチして獲得できるであろう市場)を深掘った上で、ポジショニングを行った方が、事業成長・ユーザーの成功につながりそうです。

アップセルプロダクトはSOMユーザーの解像度が重要

ビジョンがなければNSMは機能しない

指標を運用し、休眠ユーザーはある程度改善できました。メインプロダクトの影響というアップセルプロダクトならではの考慮点も把握できました。しかし、引き続き「休眠ユーザー率」という指標を中心に動くことが、ユーザーへの価値を増やせるのかという確証は持てませんでした。従業員サーベイによって組織課題を解決できたユーザーはまだあまり多くないからです。

そこで、North Star Metric(以下NSM)という考え方に立ち戻り、指標の妥当性・プロダクトの置かれている状況を見つめ直しました。

NSMとは、プロダクトが正しい方向へ成長する上で注力すべき指標のことです。詳細な定義は他の記事に譲りますが(文末に参考資料を添付します)、よりプロダクトの体験やユーザー価値に立脚した指標です。

複数の記事を参照したところ、「良いNSM」の構成要素は以下となるようです。

  • ユーザーが価値を感じた瞬間を表現している
  • ビジョンと戦略を表現している
  • 成功・収益の先行指標である
  • 働きかけ可能である
  • 測定可能である
  • 組織内で理解しやすい

こちらのチェックリストを元に、今回活動の軸にした指標「休眠ユーザー率」を評価しました。以下のポイントはある程度満たせたと思われます。

  • 成功・収益の先行指標か:アクティブに使われた場合、解約率は低減される
  • 働きかけ可能か:サーベイの送信やコンテンツ提供などで介入可能だった
  • 測定可能か:プロダクトのデータだけで表現できた
  • 理解しやすいか:チーム全員で問題意識は共有できた

一方で、以下のポイントは満たせていませんでした。

  • ユーザーが価値を感じた瞬間を表現しているか:休眠ユーザー率はSmartHR社としては危機感を感じる指標だが、ユーザーにとっての価値は表現できていない
  • ビジョンと戦略を表している:休眠ユーザー率が下がったからといって、ビジョンの実現に寄与できているとはいえない

「休眠ユーザー率」という指標はユーザーの価値の表現・ビジョン・戦略と連動していません。
確かに休眠ユーザーの多さは重要な課題の一つになり得ます。一方で、「休眠ユーザー率」という目の前の課題に飛びついてしまい、視点が近視眼的になってしまったように思われます。また、この指標は「使ってくれているユーザー」の成功には寄与していない点も見逃せません。
そもそも「プロダクトの利用率が低い」などの課題に直面したとき、見直すべきはプロダクトのビジョン・戦略だったのかもしれません。
その上で改めて考えてみると、「従業員サーベイ」は大まかにターゲット・戦術は決められていたものの、そもそもプロダクトのビジョン・戦略が曖昧で、明文化できていない状態だと気づきました。
これでは、いくら指標やそれに基づいた改善策を考えても、意義(≒ビジョン実現に対してどのような貢献をするのか)を十分に説明できません。
PMの意思決定として後悔が残るポイントではありますが、より大きな視野で課題を捉える重要性、ビジョン・戦略がそもそも曖昧である点に気づけたのは収穫でした。

2022年に実施していくこと

ここまで、指標を軸としたプロダクト運営について振り返ってみました。
指標の導入により、アップセルプロダクトはメインプロダクトの利用動向・ユーザーの特徴・会社全体の戦略に大きく影響されることがわかりました。既存プロダクトと異なるドメインを扱う新規のプロダクトの場合、Service Obtainable Market(実際にアプローチして獲得できるであろう市場)の解像度を上げることが重要になりそうです。
また、プロダクトが大きな課題と思われる事象にぶつかった時、そもそも実施すべきはビジョン・戦略の確認であり、従業員サーベイではそれらが不明確だったという気づきが得られました。

以上の学びを生かし、2022年はビジョン・戦略の曖昧さに向き合い、これらの解像度を上げる動きをメインで行っています。
利用してくれているユーザー・休眠してしまったユーザーそれぞれにアンケートやインタビューを行ったり、改めてSmartHR全体・人材マネジメントプロダクト全体のビジョン・戦略を参照したりしながら、「SmartHRのサーベイプロダクト」としてのビジョン、進むべき方向性を明文化するつもりです。

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ここまで読んでいただきありがとうございました。
この記事で説明したようにSmartHRはまだまだ未完成で、書いた内容以外にもできていないこと、やりたいことがたくさんあります。カオスな状況に燃えるPMのみなさま、エントリーお待ちしております!
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参考資料