スイスの視点を10言語で

スイスのエネルギー転換 人工知能で加速

風力発電
Valentin Flauraud/Keystone

2050年までに再生可能エネルギーへの完全移行を目指すスイス。目標達成に不可欠なのは太陽光パネルや風力タービンの増強――そして人工知能(AI)だ。

スマートフォンを充電する、洗濯機を使う、あるいは動画配信サービス「ネットフリックス」で番組をストリーミングする――私たちは通常こうした行動の際に、その電気がどこから来ているのかを考えなくてよいし、全てのデバイスに供給するだけの十分な電力量があるのかも気にする必要がない。

電力会社や研究者らも、これまで供給についてはさほど心配してこなかった。しかしスイスが再生可能エネルギーのシェアを拡大するに伴い、必要とされる時間と場所に十分な電力をいかに供給するかがますます重要となってきている。

まず、太陽はいつも照っているわけではなく、風は絶えず吹いているわけではない。また、電力需要は変動している。化石燃料からの脱却に伴い、新しい車のほとんどは電動式になり、屋内のオイル・ガスヒーターはヒートポンプに取って代わられるだろう。

さらに、エネルギーミックス(電源構成)は進化している。スイスのコンセント電源の約76%は水力発電所を中心とする再生可能エネルギーで、20%は原子力エネルギーが占める。水力・原子力発電所を運営する大手電力会社はスイスにはほんのわずかしかなく、電力生産の量と時間を正確に把握している。

外部リンクへ移動

しかし原子力エネルギーは段階的に廃止されており、再生可能エネルギーへの置き換えが徐々に進められている。現在は、各家庭の屋根に太陽光パネルを取り付ければ自家発電できる可能性があり、国内各地に設置された大小のウィンドファーム(多くの風力発電機で構成される集合型発電所)はグリッド(送電網)に電気を供給している。これによりグリッドの運用方法が変わりつつある。

エネルギー専門家のマティアス・アイフェルト氏は「送電システムは集中制御から非集中制御方式へと移行しつつあり、それがグリッドの運用をより複雑にしている」と言う。同氏は、ハッカーやデータアナリスト、技術者らが、エネルギー転換を加速するにはどうすればよいかを2日間かけて検討する年次イベント、エネルギー・データ・ハックデイズを立ち上げた。次世代型発電所のグリッドへの効率的な接続が最大の課題だという。

同氏が解決策の1つとして推すのが人工知能(AI)の利用だ。「エネルギーの供給と利用、貯蔵の間の相互作用を最適化し安定化するのに機械学習(ML)とAIが役立つ可能性がある」と主張する。

このように想定するのはアイフェルト氏だけではない。

世界経済フォーラム(WEF)は、AIには「世界のエネルギー転換を加速させる大きな可能性」があるとの見方を示す。9月に出版された白書外部リンクでWEFは、政府や企業に対してAI技術開発・利用への投資を呼びかけた。

では、具体的に再生可能エネルギー転換にAIはどう役立つのか?

電気自動車を家の電源に

ルツェルン応用科学芸術大学のベン・ボウラー上級研究員(デジタルエネルギー)は、まずは人々の行動を理解し、どこで需要と供給のミスマッチが起こりそうかを把握するのが最初のステップだと言う。同氏はエネルギー貯蔵とグリッドインフラの研究に長年取り組んでいる。

意外に思えるかもしれないが、電力会社は通常、人々のエネルギー消費活動についてほとんど知らないという。各家庭が一定期間に使用する電力量については分かっているが、何曜日の何時に特に電力使用量が多く、また少ないかについては把握していない。

同氏のプロジェクトの1つでは、アルゴリズムを利用したエネルギーデータ解析と人々の行動理解に焦点が当てられている。

同プロジェクトでは、従来の電力量計に代わりスイス全土で導入が進められている、いわゆるスマートメーター(通信機能を持つ電力量計)からデータを収集している。連邦エネルギー省エネルギー局(BFE/OFEN)外部リンクによれば、2027年までに世帯の80%にスマートメーターが設置される予定だ。このスマートメーターは家庭の電力使用量をリアルタイムで計測し15分ごとに電力会社にフィードバックする。この方法により電力会社は、夕食後に食器洗い機を回す時間などのピーク時間帯を把握できる。

ボウラー氏は「私たちは人々の行動を予測しようとしている。過去の電力消費を観察し明日の行動を予測する。このデータは、グリッドに問題がないかの判断に利用できる」と説明する。

解決すべき課題は2つ。1つ目は人々の行動をより正確に把握すること。2つ目はそのピーク時間帯に十分な電力が確実に供給される方法を見つけることだ。

ここで同氏のもう1つのプロジェクトが参入する。ここでは電気自動車のバッテリーをグリッドの短時間蓄電池として活用する方法が研究されている。

電気自動車の販売台数が急増すればグリッドへの負荷も増大する。そこで供給不足を回避するために考えられたのが充電車の双方向利用だ。つまり、電力需要が低い時には自動車をスマート充電スタンド(充電と蓄電の両方が可能な次世代型充電スタンド)で充電し、需要が高い時には自動車のバッテリーに蓄えられたエネルギーをグリッドに戻せる仕組みだ。

ルツェルン大のプロジェクトはスイスのエネルギー企業ティコと技術系スタートアップのサン・トゥー・ホイール(Sun2Wheel)との共同研究で、同じくスイスのカーシェアリング協同組合モビリティが保有する車両50台を用いてテストを行う計画だ。

ボウラー氏は「人々がどのように自動車を使い、いつ太陽が照り、自動車が充電されるかについて、いかにより良いデータが得られるかに全てがかかっている。これらのデータをMLやAIが解析する」と語る。研究者らはドイツやデンマークのカーシェアリング企業とも類似の試験プロジェクトに取り組んでいる。

いわゆる「車両からグリッドへ(V2G)」技術が試験段階から実装へ移行し、さらに最終的なビジネスとして成立するまでにはまだ長い道のりがある。双方向充電ができる電気自動車は依然としてあまり多くない。日産、フォルクスワーゲン、フィアットは双方向充電車を生産する数少ないブランドの一部だ。現時点でモビリティは電気自動車を150台しか保有していないが、2030年までに全保有車を電気自動車とする計画で、総台数3千台以上になる見込みだ。最終的な実現には、サン・トゥー・ホイールが開発したようなスマート充電スタンドがスイス全土に設置される必要もある。

個人データの匿名化

ボウラー氏らは試験を行うにあたり、人々が電気を使う時間、洗濯の時間、電気自動車を充電するタイミングなどのデータを、どうすれば個人情報保護法に抵触することなく利用できるかという問題にぶつかっている。

米国のスタートアップ企業ヴァイア・サイエンスはその手助けができると考えている。同社は最近ツークに事務所を開設し、ルツェルン大のスマートメータープロジェクトで試用されているプログラムを開発した。研究者はデータを取り出さずにスマートメーター上で直接分析できる。個人情報はどこにも送る必要がない。

また、プライバシーに関する別の解決策として、人々に自発的なデータ共有を奨励する方法も提案されている。9月にアールガウ州ブルックで開催されたエネルギー・データ・ハックデイズには、数十人の科学者やハッカー、学生、電力会社の代表者らが集まり、カーボンニュートラル(炭素中立)の安定なエネルギーシステムの創成にデータをどう利用できるかについてブレインストーミングを行った。

そこで生まれたのが「自分のスマートメーターを読もう」と名付けられたプロジェクトだ。この提案では、自分が所有する家のスマートメーターのデータを視覚化でき、どれだけ電気を使用していて、どこで電力とお金を節約できそうかが分かるようになる。そのデータを匿名で電力会社と共有できる仕組みを提供する。

スイスは世界でAI技術分野を先導する国の1つだ。また、個人情報保護法が最も厳しい国の1つでもある。プライバシーの問題を解決できれば「人々がグリッドを援助し、脱炭素化を支援できるようになるだろう」とボウラー氏は展望する。

(英語からの翻訳・佐藤寛子)

この記事にコメントする

利用規約に沿って、コメントをご記入ください。 ご質問やご意見がございましたら、ご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部