技術主導から住民主導へ――。スマートシティの捉え方が、大きく変わりつつある。目標に掲げるのは、「住民の幸福」。しかし、それをどう実現していくか、具体の道筋は明確ではない。そうした中、目に付き始めたのは、住民参加に向けた「シビックテック」活用の動きだ。その一つである住民参加型合意形成プラットフォームの可能性と課題を探る。

デジタル技術を活用したまちづくりを目指す自治体が、「住民」をあらためて意識する動きを相次いで見せ始めている。2020年10月には浜松市と兵庫県加古川市が、2021年6月には福島県西会津町が、「住民」巻き込みに向け民間団体と連携協定を交わした。

浜松市が連携事項にすえたのは、オープンデータを活用した官民連携による地域課題の解決・地域の活性化に関することや、「市民目線」の行政サービスの提供に関することなどだ。また加古川市では、住民対話・参画を促す「DIY都市」の考えに基づいたスマートシティ推進のための活動に関することなどで連携することを協定で定めた。

西会津町で連携協定を交わした目的は、協定の締結に先立つ2021年3月に町が定めた「西会津町デジタル戦略」の推進にある。このデジタル戦略では基本方針として、「主役は町民」「町民参加」などを掲げる。目線の先にはやはり、「住民」がある。

協定の相手はいずれも、一般社団法人コード・フォー・ジャパン。市民、企業、自治体三者が立場を超え、「ともに考え、ともにつくる」社会を実現するために多種多様なサービスやイベントを展開する団体だ。市民自身がITを活用し、地域課題の解決にあたる「シビックテック」を掲げ、市民参加型のまちづくりを支援する。

「DIY都市」とは、コード・フォー・ジャパンの代表理事を務める関治之氏が、文字通り「DIY(Do It Yourself)」になぞらえて掲げた都市のコンセプトである。現在は「Make our City」と言葉を改め、「『わたし』主体のまちづくりを通してウェルビーイングを実現する」ことをビジョンに掲げ、「多様な人がまちづくりに参加できる仕組みを作る」ことをミッションにすえる(図1)。連携協定を交わす自治体には、こうした考え方が受け入れられた形だ。

(図1)一般社団法人コード・フォー・ジャパンで提唱する「Make our City」の考え方。図中「EBPM」とは、エビデンスに基づく政策立案を意味する(出所:一般社団法人コード・フォー・ジャパン)
(図1)一般社団法人コード・フォー・ジャパンで提唱する「Make our City」の考え方。図中「EBPM」とは、エビデンスに基づく政策立案を意味する(出所:一般社団法人コード・フォー・ジャパン)
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関氏はなぜ、こうしたコンセプトを構想するに至ったのか。原点にあるのは、全国各地で計画されているスマートシティに対する違和感という。

「テクノロジーの導入だけで幸せになれるかと言うと、そうではない。確かにそれまでできなかったことが可能になり、うまく活用すれば成果は上がる。ただ、利便性ばかりに目を向けすぎ。テクノロジーの導入ありきの姿勢に違和感を覚える」

「Make our City」で目指すのは、ウェルビーイング。日本語に訳せば、幸せだ。関氏が違和感を覚えるように、技術の導入ありきの印象が強かったという反省からか、最近、スマートシティの目標としても強調されるようになったものだ。技術は住民の幸せを実現するための手段にすぎない、という発想に立つ。

その発想の下では、「住民主体」という姿勢が問われる。技術という手段を幸せという目標の実現に生かすには、この姿勢が欠かせない、と関氏はみる。

「加古川市版Decidim」の運用始める

「たとえ便利になったとしても、住民を消費者扱いし、主体性を失わせるようなテクノロジーの導入は好ましくない。例えばドローン(無人小型機)で生活に必要なものを高齢者の下に運ぶサービス。このサービスによって高齢者が買い物に出なくてよくなり、その結果、コミュニケーションが減り、独り寂しく暮らすようになるのでは困る」

連携する自治体では「住民主体」の実践に向け、新しいツールの導入に乗り出している。先陣を切ったのは、加古川市。市は2020年10月、市民参加型合意形成プラットフォーム「加古川市版Decidim(デシディム)」の運用を始めた(図2)。

(図2)「加古川市版Decidim」のトップページ。登録時には、投稿時に画面上に表示される表示名とアカウントIDのほか、メールアドレス、パスワード、実名、住所、生年を入力する(出所:加古川市)
(図2)「加古川市版Decidim」のトップページ。登録時には、投稿時に画面上に表示される表示名とアカウントIDのほか、メールアドレス、パスワード、実名、住所、生年を入力する(出所:加古川市)
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「Decidim」はオープンソースの参加型民主主義プラットフォーム。スマートシティの先進地として知られるスペイン・バルセロナ市など30を超える自治体で運用するものだ。異なる層の参加が見込めるオフラインとの融合をコンセプトに掲げ、運営側はオンラインでの議論をオフラインにも伝え、オフラインでの議論をオンラインにも伝えることが求められる。こうした融合によって、政策立案を熟議につなげる。「加古川市版」は、コード・フォー・ジャパンがオープンソースであるDecidimを日本語化し、市との協働で登録フォームに手を加えるなど一部を改めたものである。

加古川市がプラットフォームの構築・運用に乗り出したきっかけは、「スマートシティ構想」の策定作業である。それまで取り組んできたICT(情報通信技術)を活用したまちづくりを加速させ、「市民中心の課題解決型スマートシティ」を実現する狙いで、2021年3月に策定する予定で作業を進めていた。

この構想策定を前に、従来のパブリックコメントとは別に、市民からアイデアや意見を募る仕組みとして「加古川市版Decidim」の導入を決めた。市企画部政策企画課スマートシティ推進担当課長の多田功氏は「構想策定では市民を中心にすえたいと考えた。そこで、市民側の視点を重視し、そのアイデアや意見を手軽に聞き取れる仕組みを用意することを検討した」と、導入への思いを明かす。

「加古川市版Decidim」は平たく言えば、掲示板機能を持つオンラインツール。運営側でテーマを設定し、それに対するアイデアや意見を参加者から募る。登録段階では実名を求めるが、投稿段階では同時に登録したニックネームを表示できる仕組みだ。

アイデアや意見を求める場合には段階を区切る。「スマートシティ構想」の策定作業では、市が定めた3つの基本目標・17の基本方針へのアイデアや意見を募る「アイデア収集フェーズ」と、そこで得られた声を基に作成した構想案への意見を求める「意見収集フェーズ」に分けている。「こうすることで、何に対して意見を求めているのか、明確にする。行政側のイシューの立て方の良しあし、つまり意見の聞き方の良しあしが、ツール活用の成否を分ける」(多田氏)。