ブロックチェーンは、なぜSFで描かれてこなかったのか:宮口あや×石井敦 対談(前編)

世界に「分散型」の利をもらたしたブロックチェーンと、汎用型ブロックチェーンとしてその力を通貨を超えたあらゆるものに与えた「Ethereum(イーサリアム)」。クーガー最高経営責任者(CEO)の石井敦とイーサリアム財団エグゼクティブディレクターの宮口あやが、この技術をあらゆる面からひも解くべく対談した。全3回の前編である本稿では、ふたりがブロックチェーンという技術の特殊性を語った。
ブロックチェーンは、なぜSFで描かれてこなかったのか:宮口あや×石井敦 対談(前編)
PHOTOGRAPHS BY SHINTARO YOSHIMATSU

宮口: ブロックチェーンって、誕生からそこそこ時間が経っているわりに、意外と理解されていない印象があるんです。そんななか印象的だった石井さんの言葉が、「人工知能AI)はイメージしやすいが、つくることは難しい。ブロックチェーンはつくることは意外と簡単だが、イメージがしにくい」というものでした。本当にその通りだなあと。

石井: そうそう。AIやロボットは昔からアニメなどにも登場しているので、理解はしやすいんですよね。

世の中のテクノロジーは、SF映画や小説がアイデアの発端になっていることが極めて多いと思うのですが、過去の映画や小説を見ても、ブロックチェーンのような技術はまったく描かれていなくて。そこが結構面白いと思っています。

宮口: イメージするとしたら、何なのでしょうね。例えば、ドラえもんのようなロボットは想像しやすい。ロボットが敵対する物語だろうと、ロボットが世の中をよくする物語だろうと、ストーリーとして面白いし、絵にもなります。ヒーローっぽさもあるしキャラクターがわかりやすい。

一方で、ブロックチェーンは分散型の技術です。「みんなが参加することで、セキュリティが強くなる」「みんなが参加することで、より安心・安全なトランザクションができる」って言われても、地味で全然面白みがない。

石井: ブロックチェーンをテーマに物語をつくるということは、いわば空気をテーマに映画をつくるようなものなんですよね。空気が重要だということは、重要すぎて伝わらないというような。

宮口: 確かに。それだと、ヒーローやストーリーになりにくい。

宮口あや|AYA MIYAGUCHI Ethereum Foundation(イーサリアム財団) エグゼクティブ・ディレクター。サンフランシスコ州立大でMBAを取得後、13年同市にて仮想通貨取引所「Kraken」の立ち上げに参加。18年2月にEthereum Foundationのエグゼクティブ ・ディレクターに就任。財団のトップとして、創設者ヴィタリック・ブテリンと共にイーサリアムの研究開発とオープンソースのコミュニティの発展に務める。19年にWorld Economic Forumグローバルブロックチェーン理事、Ethereum Enterprise Alliance 理事にも就任。

用途が見えにくいブロックチェーン

石井: はじめはイメージされにくかったブロックチェーンですが、ここ数年で、ブロックチェーンはありとあらゆる場面で使えるんじゃないかという期待が世界中で高まってきました。この変化には、実証実験が大きく貢献したと思っています。

そのなかでも大手企業のConsenSysは、「Ethereum(イーサリアム)」を使っていろいろな実証実験を実施して、フィンテックだけではなく、エネルギーやIoT、音楽といった舞台でのブロックチェーンの可能性を示しましたよね。

宮口: そうですね。用途がヴィジュアル化されたことが大きいと思っています。ブロックチェーンは何の役に立つのかもわかりにくいので。でも、イーサリアムのプラットフォームや、その上の分散型アプリケーション(dApps)の具体的利用例が出てきたことによって、「こういう使い方があるのね」という例がヴィジュアル化されたんです。

石井: インターネットも、eメールというキラーアプリによって「なるほど。こんなことができるんだ」ということが証明されました。ブロックチェーンの場合、そのキラーアプリがビットコインだったと思っています。

ブロックチェーンでよく言われる「価値のインターネット」の「価値」って何だと言われたとき、最初に通貨、お金というみんなが気にするものにおける有用性を示したことは大きかったですよね。しかも、通貨は数字データなので技術的に扱いやすい。それゆえ、フィンテックのイメージは強いんですけれど、本来はもっともっと可能性があるんですよね。

宮口: イーサリアムのdAppsの初期にConsenSysが多数の実験をし始めたとき、ブロックチェーンの可能性を世の中に見せてくれる人たちがいるのはありがたいと感じました。当時は、投資家もこの技術をほとんど知らなかった時代です。しかも、大きな力を分散にしましょうなんて、具体的イメージには結びつかない。ConsenSysを始めとする様々なプレーヤーによる当時のdAppsは、実験でありながらも分散型のソリューションのイメージを見せてくれたんです。

石井 敦|ATSUSHI ISHII クーガー最高経営責任者(CEO)。電気通信大学客員研究員、ブロックチェーン技術コミュニティ「Blockchain EXE」代表。IBMを経て、楽天やインフォシークの大規模検索エンジン開発、日米韓を横断したオンラインゲーム開発プロジェクトの統括、Amazon Robotics Challenge参加チームへの技術支援、ホンダへのAIラーニングシミュレーター提供、「NEDO次世代AIプロジェクト」でのクラウドロボティクス開発統括などを務める。2018年、スタンフォード大学にてAI特別講義を実施。現在は人型AIエージェント「Connectome」の開発を進めている。

いま起きているのは、ユーザーの先走り?

石井: 「フィンテック以外でも使えるぞ」というヴィジョンが一度見えたことで、あらゆるものを分散化させようという風潮があった時期もありましたよね。無理に何でも分散化する必要はないと思いつつも、あれは皆で頭をほぐしてるのかなという気もしました。「分散型検索エンジン」「分散型YouTube」「分散型発電所」など、無理があるアイデアも含めて、そのよいところ、悪いところを考える時期だったのだと。

宮口: ブロックチェーンは何にでも使えるので、ゴールが失われやすくもありますよね。いまは、ある意味マーケットが興奮から冷めたことで、無理に何でも分散化させる人はいなくなった気がします。一昨年くらいからやっと、ブロックチェーンでしか解決できない問題へのソリューションの例が実際に見えてきました。

石井: 逆に日本で最近起きているのは、ユーザーの先走りかもしれません。2016、17年あたりに紹介したユースケースの最新情報をいま共有すると、「それ2年前に聞いたけど」みたいな反応をされるんです。つくる側はコツコツ準備を積み重ねているのですが、ユーザーのほうはニュースを上辺だけ調べたりしてるので、わかっている気になっているというか。

例えば、サプライチェーンにもいろいろあるのに、「サプライチェーンって前からやってましたよね」と言われることもあります。

宮口: なるほど。それは勉強好きな日本人特有な気がします。

石井: そうですね。常に勉強しているまじめな人は、もっと技術が進んでいると勝手に思ったりしてしまう。

一度ダークな世界を経験したことで、技術の価値がわかる

宮口: といっても、実際は技術の研究開発ではなく、ほかの環境が整わないことが多いんですよね。さきほどお話した実証実験やブロックチェーンにしかできない解決策の例でも、それを使わせてもらえるパブリックな場所がなかなかなくて。ブロックチェーンはインフラなので、その実験には現在のインフラを変える勇気がいります。その勇気は必要性が強くないと生まれません。

石井: そもそも便利な先進国だと、ブロックチェーンでしかできないことが見つかりにくかったりもしますよね。

宮口: そうですね。最初のころは「信用」がブロックチェーンの売りとされていましたよね。信頼がないところほど即、役に立つと。だから、もともと人に信頼がおかれているところでは、便利なイメージがない。ただ、いまのブロックチェーンは、信用の置き換えだけではないんです。

石井: ブロックチェーンは「インセンティヴマシーン」なんて呼ばれたりもしますからね。

宮口: インセンティヴの仕組みも、日本人には理解されにくいようで。例えば、経済的インセンティヴによってシステムを自律的に維持させる「クリプトエコノミクス」という面白い言葉も生まれました。ただ、これがなぜ日本人に理解しにくいかというと、お金で動かないからだと思うんですよね。

目の前にある仕事を「1時間いくらしかもらっていないから、サボろう」なんていちいち考えない。ピアプレッシャー(同調圧力)からなのか、目の前にあることをきちっとまじめにやる。

石井: そうですね。インセンティヴの仕組みは、日本では説明が難しいと思います。

そもそもブロックチェーンの仕組みが理解されたのは、安心・安全の文脈が大きかった気がするんです。実際、ブロックが鎖のようにつながっていくことで変わらない履歴を生み出す仕組みは、順を追って説明すればすごくわかりやすい。それを聞いて、「そこまでやっているのなら」と安心するわけですね。

ですが、今後ブロックチェーンの仕組み自体を数式やアルゴリズムで高度化させようとすると、説明を聞いても仕組みが理解しづらくなってくる。いままでわかりやすいから安心できていたものが、だんだん難しくなっていくんです。

飛行機もその仕組みを知っている人は少ないですが、飛んでいる状態が見えるので信頼できるものだと安心できますよね。一方、ブロックチェーンやセキュリティといったものは、その信頼性も見えにくい。いままでは、その見えにくさを、仕組みを簡単に説明することでカヴァーしていたのですが、高度化によってイメージすることも難しくなります。

宮口: 見えにくさの話で言うと、分散化させないことで起きるセキュリティやプライヴァシーの問題も見えづらいですよね。開発者たちは、世の中央集権的な力がどんどん大きくなっていくことに問題意識を感じていますが、一般に問題なく生活している人は、まずそれを感じません。「ひとつの企業や権力にすべて任せて何が悪いの?」と思われてしまう。ですが、それは問題が起きてなかったわけではなく、見えていなかっただけだと思うんです。

ただ、いまはそれが過渡期にきている気がします。ここだけは安全だと思っていたものが実は安全ではなかった、というような問題が一般の人にも見え始めているんです。サイバーセキュリティの問題も、被害額が並ではない。残念ながら、そういう非常にダークな世界を一回理解すると、セキュリティや分散化の大切さがわかり始めるのだと思います。〈中編へと続く


宮口あや×石井敦 対談(全3回) - ブロックチェーンは、なぜSFで描かれてこなかったのか


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ブロックチェーンが夢見る分散型社会は到来するか ── ビットコインや仮想通貨の熱狂と失望の先に、ブロックチェーン技術は幻滅の谷を超え、社会のあらゆる領域へと実装されようとしている。「価値のインターネット」と言われるこの技術は、はたして「リブラ構想」のように新たなグローバル通貨を生み出すのか、あるいはトークンエコノミーや地域通貨のような形で新たな社会関係資本を生み出すのか、次の10年を検証する。


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PHOTOGRAPHS BY SHINTARO YOSHIMATSU

TEXT BY ASUKA KAWANABE