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新型コロナウイルスの拡大で1月下旬から休業していた中国のアップルストアが、3月13日に全面再開した。一方、中国以外のアップルストアは時を同じくして一斉に閉鎖された。
一足先に経済回復への道を踏み出した中国だが、武漢封鎖をはじめとする外出制限の影響は大きく、国家統計局によると1-2月の全国社会消費財小売総額は前年同期比20.5%減、自動車販売額も同37%減少し、“不要不急”の消費は大幅に落ち込んだ。
だが、経済全体が止まる中で新たな存在価値を示した業界も少なからずあった。日本であまり報道されていない“勝ち組”“負け組”を紹介する。
iPad2割増産、ノートPCもテレワークで需要増
新学期が始まったがほとんどの地域の学校ではオンラインで授業が行われている。3月2日、安徽省で撮影。
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感染防止対策で外出がしづらくなり、中国でテレワークツールとオンライン教育が爆発的に普及したことは、日本も同じ状況が発生しているため想像しやすいだろう。中国ではオンライン教育需要の高まりに伴い、タブレット端末がこれまでになく売れている。
1月23日の武漢封鎖後、中国のIT企業と教育企業は競い合うように自社のコンテンツを無料開放した。春節時期は映画やドラマ、アニメなど娯楽コンテンツが配信され、2月に入ると、子どもの勉強を支援する教育コンテンツのニーズが顕在化した。
中国の学校は1月中旬から2月下旬まで冬休みだったため、休校問題は起きなかったが、塾や習い事の教室はすべて閉鎖された。その状況は現在も続いている。
新学期を迎え、3月中旬になってようやく一部の地域で中学3年生と高校3年生の登校が始まったばかりで、ほとんどの児童、生徒、学生は自宅からオンラインで授業を受けている。
これまでタブレット端末はスマートフォンとPCの陰に隠れ、中途半端な立ち位置だったが、子ども向けオンライン教育が拡大すると、家庭内を持ち運びでき、ペンで画面に書き込みができるタブレット端末が評価されるようになった。
中国のアップルストアや主要サイトでは、iPadの注文から配送までの時間が2~5週間と表示され、2月以降品薄状態が続いている。現地メディアによると、アップルはiPadの2020年前半の生産台数を2割引き上げたという。
アップルだけでなく、ファーウェイなどのアンドロイド端末、教育企業が販売する子ども専用タブレット端末も、同様に売り上げが伸びている。
子ども向けだけでなく、テレワークの拡大で自宅用ノートパソコンを買う人・企業が増えるとの指摘もある。
現時点ではタブレット端末ほど数字にはっきり表れているわけではないが、iPhoneの預言者として知られる中国人アナリスト、ミンチー・クオ(郭明琪)氏は最近、ノートパソコンの需要増加に伴い、2020年4-6月のウィンドウズノートパソコン向け主要部品の出荷数が20-30%伸びるとの予測を発表した。
鴻海は過去最高の就職祝い金で人集め
操業が再開され鴻海精密工業に出社する従業員。2月22日、山西省で撮影。
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ただし、これらITデバイスについては、中国の工場の生産体制がどこまで対応できるかという課題もある。企業は2月中旬から徐々に操業を再開しているが、移動が制限される中で人の確保は思うように進んでいない。
元々春節明けは帰省をきっかけに退職する工員が大量発生し、製造業は人材不足に陥りがち。今年はさらに春節に帰省した工員が物理的に故郷から出られない、あるいは感染が怖くて職場に戻ってこないという状況が多発し、アップルの主要サプライヤーである鴻海(ホンハイ)精密工業の深セン拠点は3月上旬、過去最高レベルのボーナスをぶら下げた求人を出した。
募集情報によると、3月31日までに鴻海の工場で働き始めた工員は、新規・出戻りを問わず業務開始60日で4250元(約6万6000円)、90日で2500元(約3万9000円)、合計6750元(約10万5000円)のボーナスを受け取れる。初めて鴻海の工場で働く人は、最初に360元(約6000円)の祝い金が支給されるため、ボーナスは最大で合計7110元(約11万円)に上る。
リファラル採用も導入し、社員の紹介で人材を確保できた場合、その社員にも3600元(約6万円)のボーナスが出る。
さらに鴻海は2月下旬、中国衛生当局の専門委員会トップを務める鍾南山氏を操業再開プロジェクトの顧問に招き、指導を受けることで職場環境の安全性をアピールしている。
中国では移動の制限が生産回復の遅れと人件費の高騰につながっており、正常化が遅れれば国内ならず世界のサプライチェーンに影響を及ぼしそうだ。
「安全な乗り物」として存在感
人々が外出を制限され、シェア自転車の命運が尽きると思われていたが、むしろ存在感を高めている。2月12日、浙江省で撮影。
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新型コロナウイルスが中国全土に広がり、街から人影が消えた当初、「とどめを刺される」とささやかれていたのが赤字を垂れ流しながら存続してきたシェア自転車だ。
だが中国の感染症対策の専門家が、「外出の足として一番安全なのは自分の自転車、次はシェア自転車」と発言したこともあり、「安全な通勤手段」として存在感を高めている。
テンセント(騰訊)グループの美団単車(旧モバイク)が運営するシェア自転車の3月第1週の利用時間は、2週間前と比べて86%伸び、特に北京は187.7%の伸びを見せた。
3月第1週の1回あたりの利用距離は平均1.8キロ、利用時間は平均13.5分で、1月に比べてそれぞれ24.7%、30.7%増えた。北京での1回の平均利用距離は2.48キロ、上海は3.2キロでいずれも1月から大幅に伸びた。
交通インフラが発展している北京、上海でのシェア自転車の利用増は、ビジネスパーソンが春節後の出勤再開以降、地下鉄やタクシーを避けて自転車での通勤を選んでいることの裏付けでもある。
また、地下鉄や路線バスの運行が止まった武漢では、シェア自転車が医療スタッフの足としてなくてはならない存在になった。
きっかけは1月下旬、医療スタッフの送迎や外出を支援していた病院職員が、「医療スタッフが病院と2キロ先のホテルを歩いて行き来しなければならない」とSNSで訴え、シェア自転車に緊急支援を呼びかけたことだ。
武漢市で美団単車を管理するスタッフがすぐに反応し、新型肺炎患者を収容する専門医療機関「金銀潭医院」前にシェア自転車を配置した。
美団単車はその後、新型肺炎患者を収容している7病院、スーパーなどに自転車を配備。医療スタッフや感染症対策に関わる人々が無料で利用できるようにし、サービス範囲を武漢から湖北省、さらに全国に広げていった。
アリババ傘下のハローバイクも同様に、武漢の医療スタッフや都市や住宅コミュニティの管理スタッフ、警察に対し、サービスを無償提供した。
感染症が広がる中、シェア自転車も定期的な消毒やメンテナンスを求められた。ハローバイクはメンテナンス人材を全国で8000人募集し、新型コロナウイルスの余波で失業した人たちの雇用の受け皿にもなった。
3月15日には美団単車が提起し、政府や企業などが参加してシェア自転車の消毒に関する業界標準も正式にとりまとめられた。
業界標準は、今回のような公共衛生事件が発生した際に、ハンドル、サドル、鍵など人に振れやすい部分を毎日1回消毒し、その他の部分も定期的に清掃することや、シェア自転車の管理スタッフは消毒用品の在庫が足りる限り、どこの企業の車両であろうが無差別消毒を行うことなどを盛り込んでいる。
かつての業界リーダー「ofo」の退潮も鮮明に
防護服に身を包みシェア自転車に乗って武漢市内を移動する医療スタッフ。2月28日撮影
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2016年から2017年にかけて、中国で爆発的に普及したシェア自転車は、重い運営コストをカバーするだけの利益を上げられず、2018年から淘汰の時代に入った。青い車体のハローバイクもオレンジの車体の美団単車も、資金ショート寸前だった業界大手を救済買収し、リブランドしたものだ。
赤字なのに国民の足として定着し、撤退しようにもできなくなったシェア自転車が、今回の感染流行の局面で、「安全な乗り物」としてイメージを確立できたことは、業界にとって明るい材料と言える。また、テンセントグループの美団単車は業界基準作りをリードすることで、アリババ傘下のハローバイクとの差別化を図ろうとしたとみることもできる。
一方、2社が新型コロナウイルス対策の貢献で競い合う中で、業界の先駆者でシェア自転車ブームを起こしたofoは我関せずの立場を貫いた。再編の波に乗り遅れて経営危機に陥った同社は、存続のためにEC事業に参入しており、中国が新型コロナ一色のときも、アプリ内でECショップのキャンペーンを展開していた。
業界の最盛期は、シェア自転車の2強と言えば黄色い車体のofoとオレンジのモバイクだったが、新型コロナウイルスは、業界の競争構図が「オレンジ」と「ブルー」に変わったことも印象付けた。
開店できない街の書店は瀕死状態
街の書店はこの十数年衰退が止まらない。
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ECやモバイル決済、出前アプリが普及した中国では、休業を余儀なくされた飲食店も、出前アプリを活用して消費者の生活と自分たちの経営を支えた。
だがオンラインの波に乗れない業界も存在した。街の書店はその代表と言える。
2020年の春節休暇は1月24日から30日までの予定だったが、新型コロナウイルスの爆発的流行を受け、2月2日に休暇が延長され、その後も多くの企業が2月中旬まで再開できなかった。
中国政府は感染症対策に関わる事業と、スーパーなどライフラインを支える事業から経営再開を許可し、「不要不急の消費」とみなされた書店の再開は遅れた。
共産党中央宣伝部印刷発行局の2月25日の発表によると、同日時点で調査対象となった1021書店中926社が営業停止したままで、その9割がテナント代や人件費の支払いが困難だと答えた。
また、書店の43.7%が「営業再開しても1-6月の売り上げは50%以上減る」と回答した。書店業界のオウンドメディア「書店行」が2月1日に実施した緊急アンケートでも、350書店の35%が「新型コロナウイルスの流行が1カ月続いたら経営が持たない」と回答した。
春節休暇中は多くの人が暇を持て余し、オンラインゲームや動画コンテンツだけでなく本の需要も伸びた。ただし、そのニーズはオンライン書店が吸い取り、街の書店は店を開けることすらできなかった。
上海市新聞出版局は上海の書店の多くが3月初めにようやく営業再開したことを紹介し、「上海の出版業界、特に書店は存亡の危機にある」と指摘した。
書店限定の経済対策も実施されたが…
イベントの実施やカフェの併設など、中国の書店も付加価値創出に努力を続けてきた。
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そもそも中国の書店はECの成長に押され、2000年以降は衰退基調が鮮明だった。自社の物流網を持つJD.com(京東商城)など地元の大手EC企業が、アマゾンと同様の役割を果たし、さらにはテナント料や人件費の高騰で、老舗、著名書店の閉店が相次いでいた。2002年から2012年にかけて、中国の書店の半分近くが撤退したとも言われている。
中国政府が税金優遇などで書店の経営をサポートし、書店側もイベントスペースや飲食店を併設した店舗を出すなど、付加価値の創出に取り組んでいたが、衰退の流れに歯止めはかからず、「2019年中国図書小売り市場報告」によると、書籍市場全体は成長したものの、オンライン販売が24.9%伸び、書店での販売は4.24%減った。
今回の感染症でいよいよ土俵際に追いつめられた小さな書店は、生き残りをかけて試行錯誤の真っ最中だ。オンラインで注文を受け付け、出前アプリのドライバーに配送してもらう書店や、音楽のオンラインイベントに参加する音楽特化型の書店が現れ、人気作家を招いてのオンライン読書会、講座なども新しい取り組みとして注目されている。
人民日報によると、上海市、北京市、西安市、浙江省は書店を対象とした経済対策を実施。「街から書店がなくなるのは寂しい」という気持ちは多くの人が共有しているが、「本を買う場所」という機能だけではオンライン書店に太刀打ちできず、新たな存在価値を提示できるか正念場となっている。
ダメージ大でも悲壮感薄いミルクティー業界
ミルクティーはSNS好きの若い女性の需要を取り込み大人気となっている。
浦上早苗撮影
飲食の中でも“不要不急の消費”に分類され、大きな打撃を受けたのがカフェやドリンクスタンドだ。特に2018年から2019年にかけてバブル的な成長を見せたミルクティー業界は、2020年は試練の年になりそうだ。
中国のタピオカドリンクやミルクティーの店は、若い女性の人気に支えられ2015年以降市場が膨張している。
2015年以降、毎年2万店以上がオープンし、高級ミルクティーブランド「奈雪的茶」は業界で初めてユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)の仲間入りを果たした。
一方で、iiMedia Research によると黒字が出ているのは全体の10%に満たず、1年後の生存率も18.8%と推定される。
飲料分野のオウンドメディア「咖問」はタピオカドリンク・ミルクティー企業に新型コロナウイルスの影響に関する緊急アンケートを実施、約2000社から回答を得た。
1月25日から2月9日までの期間、回答企業の9割以上が営業を停止し、通常営業を続けられたのは9.06%にとどまった。また、65.86%がこの期間にまったく収入を得られず、19.34%の企業が5~8割の収入減となった。
期間中の損失額については100万元(約1600万円)以内が8割を占める一方、1億元(約16億円)を超える損失を予想する大手企業もあった。
とはいえ、ミルクティー業界は打撃の大きさにもかかわらず、それほど悲壮感がない。
新型コロナの影響を受け、不採算店の閉鎖を進めるとの回答が48.64%あったものの、新規出店を続けると答えた企業も33.53%に上った。
咖問の調査に対し、目立ったのは「一時的には打撃があるが、固定ファンをつかんでいるため、市場としては衰退しない」「2020年は落ち込むが、致命傷にはならないし、力のあるところは生き残る」「今年前半は落ち込むだろうが、後半は元に戻る可能性が高い。体力のないところはつぶれる」という、業界の成長に対する前向きな見方だ。
1000店舗以上を展開する大手企業は、「1000万元を超える損失が出るが、資金繰りには問題ない。ブランドを樹立している企業への影響は少ない」と答え、年後半には市場の勢いが以前の状態に戻るとの見方を示した。
タピオカドリンク・ミルクティー業界は強者と弱者の二極化が進んでおり、以前から2020年は淘汰の年になると言われてきた。新型コロナウイルスは弱者の撤退を加速するだろうが、小規模店舗の乱立に辟易としている経営者は、むしろそれを「歓迎すべきこと」と捉えているようにも見える。
(連載ロゴデザイン・星野美緒)
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。