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グーグルに事業売却の日本人起業家、次はAIで水道革命-世界視野

  • 経済成長期に整備した国内水道管の老朽化進む、効率的な更新急務
  • 米国で実績積んだAI技術活用の投資最適化、日本でも自治体が注目

銀行業界出身で、ヒト型ロボット開発ベンチャーをグーグルに売却した経歴を持つ起業家の加藤崇氏(41)が、水道管の最適な更新時期を探るソフトウエアで米シリコンバレーからインフラ革命を起こそうとしている。

  加藤氏は、最高財務責任者(CFO)を務めたロボットベンチャーのシャフトを2013年にグーグルに売却し、15年にフラクタを創業。

Fracta CEO Takashi Kato Interview

加藤崇氏

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  人工知能(AI)や機械学習技術を活用し、水道管の素材や使用年数、劣化情報などのデータと、土壌や気候、人口などの環境データを組み合わせ、劣化状況を把握して地面を掘削することなく最適な交換時期を解析するソフトウエアサービスの提供を世界で初めてスタートした。

  創業からわずか4年半で米国23州で59の水道会社と契約。50年までに約1兆ドル(約109兆円)の配管投資が必要と推計される同国で、全長計160万キロメートルのうち約10%を解析済みだ。全米に約1000社ある一定規模以上の水道会社のうち年内に200社への提供を目指す。

  「予算不足の中での配管更新の最適化は先進国共通の課題だ」と加藤氏。日本でも水道管の調書や図面などの台帳整備の義務付けや水道施設の計画的な更新を盛り込んだ改正水道法が昨年10月に施行され、フラクタは全国の自治体から注目を集めている。昨年2月の川崎市を皮切りに神奈川県や神戸市、大阪市で実証実験を実施している。

  国内の水道管の大半は1960-70年代の高度経済成長期に整備され、半世紀が過ぎて老朽化が進んでいる。全ての水道管を更新するのに130年以上を要するとの試算もある。一方、人口減少に伴う使用量の縮小で水道料金収入が減り、全国に約1300ある上水道事業者の3分の1が採算割れの状態で、水道管は効率的に交換する必要がある。

  しかし、地下に眠る水道管のどの部分の劣化が激しく、どこから交換していけばよいのかは、各自治体が保有する配管購入記録や水道管の材質などのデータから推測しているのが現状だ。今月には、和歌山市が水道管の漏水修繕のために大規模断水を予定していたが、掘削工事で断水が必要ないことが分かり中止。市民生活に混乱を来す事態となった。

  また、水道事業に携わる職員数は約30年前と比較して約3割減っており工事や管理の知識を持つ専門の職員は少なくなっている。

  相模原市など12市6町に給水する神奈川県営水道では、全長約9300キロのうち1971年以前に敷設され更新対象となる水道管が1000キロ以上残っている。フラクタの予測に基づき2月から現地調査を実施する予定だ。

  同県企業庁水道施設課の松嵜尚志課長は「現在は老朽管や漏水が多発している水道管を優先して更新しているが、費用対効果を上げるため、フラクタと行う共同研究での検証結果に期待している」と話す。 

チリとカナダへの進出も計画

  加藤氏は「都市部では、まだ使用可能な水道管を交換しているケースもある。過剰投資を抑え、必要な場所に資金を配分することで配管更新投資を3割から4割削減することができると、米国での実績を基に推計している」と話す。国内では今年商業ベースで30-50社との契約を目指し、「21年は飛躍の年にしたい」と言う。

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アメリカ・カンザス州での水道管交換作業

Source: Fracta

  英国で丸紅と協業し民営水道会社18社のうちの1社と実証実験中で欧州全域への参入を視野に入れているほか、チリとカナダにも進出する計画だ。「フラクタの根源となる技術は同じ。各国でポートフォリオを組んで営業施策とプロダクトを作り、規制動向などを見ながら調整すれば全体として売り上げと利益を確保できる」と見込んでいる。

  EY新日本監査法人で水道インフラを専門とする松村隆司氏はフラクタの技術について「投資の最適化やコスト削減という意味で魅力的。自治体も何らかの解決策を求めている」と指摘。ただ、AIに学習させるデータを充実させる必要があるほか、自治体にとって新技術を導入するのは容易ではないため、実証実験を積み重ね成果を出すことが重要との見方を示す。

             
栗田工業の子会社に

  ベンチャー企業にとって安定した資金調達が生命線となるが、フラクタは18年に水処理事業を手掛ける栗田工業から約40億円の出資を受け、株式の過半数を売却。今年から最大4年をかけて完全子会社化される予定だ。事業はフラクタが主導するという。

  栗田工業の門田道也社長は出資を決めた理由として、「フラクタが持つAIと機械学習の技術や事業化のスピード、優れたAI人材」を挙げる。

  創業70年の同社が水処理の総合ソリューションサービス企業へと舵(かじ)を切る重要な局面で、「社員派遣などを通じてベンチャー企業特有の革新的なものの見方を吸収し、フラクタのデジタル技術を取り込んで水処理の分野で新しい価値を創造していきたい」と語る。

  2つのベンチャー企業のエグジット(投資資金の回収)を成し遂げた加藤氏が次に照準を合わせるのは医療分野だ。昨年10月には東北大学未来型医療創造卓越大学院プログラムの特任教授に就任した。

  「医療にどれだけの資金が投資されていると思っているのか。あなたが行っても何も見つかりませんよ」という声も聞くが、加藤氏には自信がある。「他の人に見えていないものが必ずあると思う。データサイエンスなどを組み合わせることによってイノベーションの芽を見つけ出したい」と考えている。

  起業と事業育成に必要な「強烈な情熱と知性」、そして、体力とネットワークも充実した40代に医療分野での起業を見据えるのは、大学時代に母親を皮膚がんで亡くしているからだ。「何年たっても頭から消えず強い興味があることじゃないと次は走れないだろうと思っている。最後に親の敵を討って納得したい」。

●加藤崇(かとう・たかし)1978年生まれ。東京都出身。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)で法人融資業務などを担当後に退社。共同創業者兼CFOを務めたシャフトをグーグルに売却後、フラクタを創業し最高経営責任者(CEO)に。昨年10月には東北大学特任教授(客員)にも就任した。2児の父。趣味はブラジリアン柔術とサーフィン。

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