ローレン・グード

『WIRED』US版のシニアライター。プロダクト、アプリ、サーヴィス、消費者向けテクノロジーを巡る問題やトレンドを担当している。以前は「The Verge」のシニアエディターで、「Recode」「AllThingsD」『ウォール・ストリート・ジャーナル』にも在籍していたことがある。クラーク大学、スタンフォード大学を卒業。ベイエリア在住。

英国の社会活動家でジャーナリストのキャロライン・クリアド・ペレスは2017年に自ら立ち上げたキャンペーンによって、新10ポンド札の裏面の図柄に作家のジェーン・オースティンの肖像を採用させることに成功した。中央銀行であるイングランド銀行が5ポンド札の肖像を、社会改革者のエリザベス・フライから元首相のウィンストン・チャーチルに切り替える方針を示したことに対し、クリアド・ペレスは、それでは「英国紙幣の裏面の図柄から女性が消えてしまう」と、抗議の声を上げたのだった。また、Twitter上で悪質な嫌がらせの被害に遭ってきたことから、攻撃的なツイートに関するツイッターのポリシーも強く批判している。メディアでもっと女性の専門家が活用されるようにしようと、女性の専門家を登録するデータベース「Women’s Room」も開設した。

最新の著書『Invisible Women(目に映らない女性たち)』では、女性のことをあまり考慮せずに設計されたと見られる現代社会の制度や製品、サーヴィスなどについて考察している。交通システムから医療や医療機器、税制、消費者製品、さらにはスマートフォンや音声認識といった、わたしたちが毎日使っているようなテクノロジーまで、対象は多岐にわたる。同書のなかでは関連するデータが次から次に提示されており、夏のヴァカンスに持っていって気軽に読めるようなタイプの本というよりは、腰を据えてじっくり読むべき学術的な内容の1冊だ。ときおり話が回り巡ることもあるけれど、多くの場合、もっともに思える同じ結論に戻ってきている。「人間を主に男性と思い込んでしまうという無思慮の原因であり、結果でもある」と言えるような、データにおけるジェンダーギャップが現実に存在する、ということだ。

この新著について『WIRED』US版のシニアライターであるローレン・グードはクリアド・ペレスに訊いた(やりとりについては、長さを調整したり、わかりやすく言い換えたりするなど、編集を加えている。また、電子メールで発言内容について確認した際に、彼女から提供された情報も反映させている)。

ローレン・グード(以下LG):わたしの最初の質問はこうです。あなたがこの本を書こうと思い立ったのはいつだったのでしょう? というのも、あなたは長い間このような問題に注目し、取り上げてきたわけですよね。こうしたなかで、いまこの本を出したいと決心させるような何か特別な出来事があったのでしょうか。

キャロライン・クリアド・ペレス(以下CCP)最初の本を執筆していた14年に、医療分野でデータにおけるジェンダーギャップが存在することに初めて気づきました。心臓発作の兆候が見られた女性が、男性の場合の兆候と一致しなかったからという理由で誤診されていたのです。女性のほうが誤診されやすく、亡くなりやすい。そんな問題が21世紀にもなってまだあるのだと知って、がくぜんとしましたよ。同じころ、医学の試験や実験では、女性患者の参加や雌の動物や雌性の細胞の使用を避ける傾向があるために、同じ治療をしても男性より女性のほうが効果が小さかったり、副作用が重く出たりする結果を招いていることも知ったんです。

心底驚きました。あまりにショックで、そのことが頭から離れなくなりました。そして、医療でそういうことが起きているということは、ほかの分野もそうなっているはずだと気づいたんです。わたしはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで行動経済学やフェミニスト経済学を研究した経験から、経済学で男性がデフォルトとされていることはすでに知っていましたが、ここもそう、あそこもそうと次から次にわかってきました。調べれば調べるほど、データにおけるジェンダーギャップが拡がっていることが見えてきました。テクノロジー、クルマの安全設計……さらには難民政策までも。こうして山のように情報が集まったので、それを全部伝えるには本を書くしかない、ということになったんです。

音声アシスタントでバイアグラの店は見つけられるのに……

LG:本書のなかで取り上げているテクノロジー製品について、具体的にお話してもらえますか。(男性に)偏ったデータセットはどのように偏ったデザインを生み出しているのかについても。わたしが日ごろから感じているのは、スマートフォンのサイズって大きすぎない? ということです。製品レヴューで「評者の手にはどうもしっくりしなかった」と、書かざるを得ないことが多いんです。ただ、メーカーは広告にプロのアスリートを起用することがあって、彼らがその大きな手で持つと、当然ですが、そのスマートフォンはわりと小さく見えるんですね。

CCP:スマートフォンの機種には、わたしも大変悩まされてきました。実は「iPhone 6」を使っていて、RSI(反復性疲労障害)を患ったことがあるんです。それで「iPhone SE」に変えたのですが、ずっと機種変更できないでいます。ご存じの通り、この唯一の小型モデルは、後継機が出されなくなってしまったからです。わたしの手に合うモデルはそれしかないのに。たまったものじゃありません。アップルの製品で言えば、音声アシスタントの「Siri」について、バイアグラを売っている店は見つけられるのに、妊娠中絶ができる病院は見つけられないという話もありました。こうした例はほかにもいろいろあります。要するに、女性の顧客もいるということがあまり考慮されていないんです。あと仮想現実(VR)のヘッドセット、あれも(女性には)ちょっと大きすぎですよね。

ただ、わたしがいちばん懸念しているのは、ハードウェアではなくアルゴリズムのほうなんです。ハードウェアの場合は、わたしたちにどんな影響を与えているのかや、どのあたりがうまく適合していないのかがまだわかりやすいので、比較的修正しやすいと言えるでしょう。それよりも心配なのは、アルゴリズムが極めて男性に偏ったデータセットで訓練されていて、そうしたアルゴリズムがわたしたちの生活のあらゆる分野に入り込んできている点です。そのコードを書いている人たちの間では、訓練に用いているデータにこうした問題があることは、あまり理解されていないようです。問題は、女性の声を認識しない音声認識システムから、オンライン辞書、人間が審査する前に履歴書をふるいにかけるアルゴリズムにまで拡がっています。

さらに言えば、これらはライセンスで保護されているソフトウェアのかたちをとっていることが多いので、性別のバイアスが原因なのかどうか確かめられないこともあるんです。わたしたちは、偏向したデータセットを用いる民間企業に未来をアウトソーシングし、そこで何が起きているかを知るすべはない、そんな状態にあります。

都市は、大黒柱の男性が外で稼ぐという神話に基づいている

LG:あなたは本書のなかで交通、より広く言えば都市計画についても大きなスペースを割いて論じています。そこでは、一部の社会では男性よりも女性のほうが長く歩いていることや、女性がよく移動と用事を一緒に済ます「トリップチェイニング」と呼ばれる行動をしていること、さらに女性の安全があまり配慮されていない点などを指摘しています。しかし、交通システムがすでに都市に深く組み込まれていているような場合、どうやってそうした問題を解決したらよいのでしょうか。

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CCP:できることはたくさんあります。わかりやすい例をひとつ挙げれば、バスの路線を動かすことでしょう。おっしゃる通り、地下鉄などはかなり固定されたものですから、変えるには多額の経費が必要になります。こうした交通機関の場合は、路線の増設や駅の新設などをする際に、こうした問題を絶対に考慮に入れなくてはいけませんね。一方、バスの路線は変更がかなり容易です。またバスに関しては、地域によっては男性よりも女性の利用率がはるかに高いこともわかっています。交通インフラにおける男性へのバイアスに比較的早く、簡単に対処できる方策としては、バスの路線変更が一案だと思います。

より長期的には、やはり都市そのもののデザインや、区画法の見直しなどの話になってくるでしょう。これまでの都市計画の大きな問題のひとつは、男性が一家の大黒柱として外で稼ぎ、妻は郊外の家で専業主婦をする、という神話を前提としてきたことです。そういう男性の必要を満たすように都市計画はつくられてきたんです。家計を支える男性がクルマで都心に出勤する。男性にとって家は余暇を過ごす場所。だから、その周辺に多くのサーヴィス施設はいらなくて、郊外には住宅街があればいい。外で働き、家に帰って寝る、生活とはそういうものだ──。しかし、これは女性、いや(男性を含めた)人々の生活の実態とはかけ離れていますよね。実際は、子どもを学校に送り届けたり病院に連れていったりしなくてはいけないし、食料品などの買い物をする必要もある。親戚の様子を見に行かなければいけない人だっているでしょう。こうしたことをわたしたちが日常的にやっていくためには、複雑なロジスティクスがいろいろ必要なのです。

男性よりも女性のクルマの利用率が低い社会もあります。そういう社会では、家族が所有するクルマが1台しかない場合、主に男性が使っています。このため女性は公共交通機関を使うことになるわけですが、公共交通機関は無給で介護に従事する人にとって使い勝手がいいように設計されているわけではありません。ばかばかしいのは、それは女性が介護という無給の仕事を済ませるうえで支障となっているばかりでなく、ひいては女性が有給の仕事に就くうえでなおさら大きな支障となっていることです。例えば米国では、女性の労働参加率はほかの先進国よりも低い水準にとどまっていて、女性にはもっと有給の仕事に就いてもらう必要があります。それなのに、女性がただ働しなければならない仕事を早く済ませられる環境を整えるといった、実に簡単な女性の就業支援策が、何ひとつなされていないのが実情なんです。

LG:交通機関の設計という話で思い出すのは、昨年、ある空港で見かけた授乳用ボックスのことです。靴などのネット通販を手がけるザッポス(Zappos)がスポンサーのそのボックスは、女性が中に入って授乳や搾乳ができるもので、ターミナルの通路の真ん中に設置されていました。同行していた人は、ポップアップの授乳室ってなかなか面白いアイデアだねと、言っていました。ただ、わたしはこう思ったんです。空港が建設されたときに、ちゃんとした授乳室のスペースが設計されていなかったのって、ひどい話じゃない? って。

CCP:わたしはそこからさらに一歩進んで、子どもに授乳するためになぜ女性をボックスの中に閉じ込めないといけないのだろうと、考えます。おかしなことだと感じます。それを果たして進歩と呼んでいいのか……。わたしにとっては気持ち悪いものです。もちろんわたしも、それを使いたい女性がいることは知っていますが、女性が授乳したいなら、本来、赤ちゃんをケープで包んであげるだけで充分なはずです。