経産官僚の女性がメルカリで8カ月働いてみたら、見えたこと

経済産業省入省9年目の八木春香さんは、昨年8月から今年3月までメルカリに所属。経産省からベンチャーへの長期研修派遣は初めてのケースでした。

八木さんがベンチャー派遣に志願した背景には、世の中が急速に変化する中、時代に合わせて経産省も変わらないといけないという課題意識があったといいます。社員1800人超の大企業でありながら、いまなお挑戦を続けるベンチャー企業、メルカリに組織変革のヒントを探るのが、その目的でした。

メルカリが意思決定の速い、横の連携もスムーズな柔らかい組織であり続けられているのは、フラットな組織構造以上に、心理的安全性をいかに担保するかに腐心していることが大きいのだと感じました。

半年間のベンチャー派遣で学んだことをそう振り返る八木さんは、現在は経産省へと戻り、人事部という立場から、この「心理的安全性」をいかにインストールするかに挑戦しています。

前時代の “正解” に最適化された組織をアップデートすることは、ある面ではゼロから理想の組織を作ること以上の難しさがあるはずです。八木さんはどのようにして組織を変えようというのでしょうか。メルカリから持ち帰ったものと、それを組織に浸透させるための戦略を聞きました。

八木春香


 

PROFILE
八木春香:経済産業省 大臣官房 秘書課 課長補佐(採用担当)
2011年、経済産業省入省。イノベーション政策やダイバーシティ・女性活躍の推進などに携わった後、2018年8月から2019年3月まで「経営現場研修」としてメルカリ・メルペイに所属。2019年4月から現職にて、新卒・中途採用と経産省内の組織改革を担当。経済産業省の採用情報は公式ホームページにて。

「省内の調整に時間が・・・」なんて猶予は一刻もない

——ベンチャー派遣を志願した背景にある課題意識から教えてください。

高度経済成長期は、既定路線をいかに効率よく進めるかが最も重要なことだったと思うんです。だから、組織の形もそれに合ったものとして作られていた。経産省も、なんとか局長、なんとか審議官……と何層にも階層が積み重なってできています。なおかつ、役割ごとにきっちりと分かれた課室が横に連なってもいる。

そうした組織のあり方は、従来の業務を遂行する上では確かに必要なものでした。でも今、世界はものすごい速さで変わっていますよね。既定路線を “正解” に向かって進むのではなく、線路それ自体も自分たちで作ることが求められている。となると、組織のあり方もそうした時代に合ったものへと変わる必要があるはずです。

経産省は、このある意味、大企業っぽい組織構造の上で、「線路自体を作るぞ」と日々全力で頑張ってはいますが、このタイミングで経産省の組織の在り方をアップデートしてもいいのかなと思いました。と同時に、ベンチャー企業はそのいいお手本になるだろうとも。なぜなら、こうした新しい企業というのは、成り立ちからして新しいものを生み出すことを目的としていて、それに最適化された形で作られていますから。

メルカリはいまや社員1800人の大企業ですが、どうすればベンチャー的な気質を保ったまま大きくなれるかが考え抜かれた上で、組織としてデザインされています。学ぶべきヒントは、まさにこうしたところにあるだろう、と。

——大きな組織の中で日々働く中でどんな難しさを感じていたのか、詳しく伺えますか?

経済産業省

仮に、私が一番下の役職だとして、ある日なにかアイデアを思いついたとします。大きな組織だと、それを形にするためにはまず、一つ上の職位の人に相談してアイデアを揉むところから始まりますよね。次にその内容をその上に上げ、そこで検討した内容を課長に上げ部長に上げ……というプロセスを経ていくことになる。経産省で新しいアイデアを進めていこうという職員は、このツリーをよくぶっ飛ばすのですが(笑)。

こうした階層構造になっているのにはもちろん、間違いが起こらないように、という意味があります。でも、なにか新しいことをやる上ではそれでは時間がかかりすぎますし、どれだけ尖ったアイデアだったとしても、最上位にたどり着くころにはすっかり角が取れて丸くなってしまう。

一方で、イノベーションはいろんなものの掛け合わせから生まれるので、横の連携も不可欠です。けれども、いわゆる大組織の構造は課室ごとに役割が分かれていて、なおかつメールという閉じたツールを使って仕事をしていると、隣の課の人が普段どんな会話をしていて、どういう考えを持って仕事をしているのかといったことをほとんどうかがい知ることができません。

お互いの人間性が分からないままだと、ちょっとしたことを聞きに行くのにも逡巡が生まれるじゃないですか。そうすると、「ヤッホー」みたいな感じで気軽に聞きに行けていれば起こったはずの化学反応が起こらないし、すぐに進んだ話もなかなか進まなくなってしまうことになる。

われわれ経産省の仕事というのは、こうした省内の横の連携どころか、外に出てさまざまなプロの話を聞いてなんぼの世界。そう考えれば「中の調整に時間が……」なんて言ってる猶予は一刻もないはずなんです。もっと一人ひとりが自律的に考えて外へ出て、さまざまなものを持ち帰って縦横自在に動ける組織に変わらなければ、現代のスピード感にはついていけないという危機感がありました。

「あくびをしながら言える関係」でこそ交わされるアイデア

——実際にベンチャーに行ってみて、そうした経産省の組織とメルカリとでどこに違いがあると感じましたか?

メルペイ

2月にサービスローンチを控えていた子会社メルペイの経営企画チームに配属されたんですが、チームは私を含めたメンバー4人とマネジャーの計5人。マネジャーは経産省で言えば課長に当たりますが、当然ですけどメルカリには課長補佐や係長はいません。マネジャーも「上に立つ偉い人」というより「マネジメントという役割を担う人」なので、本当にフラットだと感じました。

こうした組織構造は確かに経産省のそれとは違いましたし、とても計算して作られていると感じました。でも、メルカリが「速くて柔らかい組織」であり続けている理由は、それ以上に「心理的安全性」を担保するための工夫が徹底されていることにあると思っていて。

——どういうことですか?

メルカリでは、メンバー1人につき毎週30分の1on1の時間が設けられています。当初はそのことにすごく驚いたんですよね。「私ごときにマネジャーの30分を割くなんて申し訳ない!」って。でもしばらくすると、この時間があるとないとでは普段の仕事のスピードがまったく変わってくることを実感しました。

1on1と言ってもなんのことはない、マネジャーと2人で他愛もないことを喋るだけなんですよ? 「昨日はキャンプ行ってさあ……」とか。でも、その他愛もない会話ができることがとても重要なんです。そういう仕事を超えた関係を築けていると、部下からすればまず、なにか困ったことがあった時に上司に相談する心理的ハードルが下がるから。なんの解も持たない状態でも「とりあえずやばいっす」「来週多分エグいことになります」と言える。

これは単に部下の気持ちが楽になるってだけではなくて、上司側からしてもとても重要なことなんです。そうやって早めに「やばい」と言われれば、アドバイスするなり他の人をアサインするなり、なんらかの手を打つことができますから。逆に締め切り直前、爆発寸前になってから相談されたのでは、どれだけまとまった資料が用意されていようが、もはや手遅れということになりかねません。

友達同士であればあくびをしながら言えたことが、仕事の上下関係に当てはめた瞬間に急に言えなくなってしまうのが、職場の人間関係の難しいところで。でも、本当はこの「あくびをしながら言えたこと」の中に重要なアイデアも含まれているはずなんですよね。

新しいものを素早く生み出すためには、従来のようにトップが一人で考えていたのではダメで、集団を構成する一人ひとりが自分で考え、出てきたアイデアを組織としてまとめる必要がある。そのためには上司と部下、あるいは横にいる仲間同士が普段から「あくびをしながら言える関係」を築けていることがものすごく重要になると感じました。

八木春香

——1on1はそうした関係を築くための手段というわけですね。

そうです。メルカリが心理的安全性をいかに重要視しているかは他にもいたるところに見ることができました。

例えば、全社的にチャットツールの『Slack』を使ってやりとりをしていますが、その運用の仕方は象徴的な例です。基本的に『Slack』上でのやりとりはすべてオープンになっていて、子会社であるメルペイに派遣されていた私もすべてのやりとりを見ることができます。社長や会長もこれを見て、日々情報収集をしている。

素早く意思決定する上でも、また他のチームの人も含めて人間性を理解して、スムーズな横の連携につなげていく上でも、すべてのチャットがオープンであることにはすごく大きな意味があります。

けれども、『Slack』はもちろんクローズドなチャンネルを作ることもできるし、個人間でダイレクトメールを送る機能もある。心理的安全性が十分に担保されていないと、このチャンネルのクローズド率が上がるんですよ。「こんな発言するとどう思われるかな?」と反応を気にしてしまって、おおっぴらには話しづらくなるから。

逆に言えば、クローズド率を見れば、各チームがうまくいっているかどうかがおおよそ分かるということです。だから経営陣は、この数字を常に見ている。それを毎月マネジャーにフィードバックして、改善するよう働きかけることをやっています。

実際にメルカリに行ってみて分かったのは、ものすごくうまくいっているように見える彼ら、彼女ら自身も悩みながら進んでいるということで。少しでも気を抜けば、自分たちだって ”大企業病” に陥ってしまうことをメルカリはよく理解している。だからこそ、そうならないための工夫には努力を惜しまないんだと思います。

メルカリ

メルカリ派遣の研修報告会にて

1on1やSlack導入の前に。まず取り組むべきは意識改革

——新しいものを生み出すべく生まれた組織でさえ、努力し続けないと “大企業病” に陥るのだとすると、既定路線を効率よく進むために作られた組織を変えるのは、それ以上に難しいことなのでは?

その通りだと思います。でも一方では、これだけ苦労して磨かれたお手本がすでにあるわけですから、変える苦しみはあるとしても、取り入れられることから取り入れればいいのではないか、と。

その際には「順番」がとても重要だと思っています。

——順番、ですか。

新しいことをやるにはトップダウンだけではダメで、ボトムアップでいろんな人がアイデアを出す必要があること。そして、ボトムアップでアイデアが出てくるためには心理的安全性が重要であること。なによりもまず、こうした意識が組織内で十分に醸成されている必要がある。テクニカルなことはそのあとです。

その大前提がないままに「SlackがいいらしいからSlackを入れよう」「1on1がいいらしいから1on1を始めよう」とやると大惨事になる。正しい理解がないままの1on1なんて、上司が部下を一方的にリンチするようなもの。やらないほうがマシです。

——どうやって大前提となる意識を浸透させますか?

一朝一夕にはいかないと思いますが、そのための試みとして、メルカリにならって月1回のサーベイを始めようとしています。メンバー一人ひとりに「マネジャーや職員同士でサポートする雰囲気があるか」「心身は健康か」など5問ほどの簡単な質問に答えてもらい、それをマネジャーにフィードバックするというものです。

今の大企業のマネジメント層の方々もご苦労されているのかなって思っています。なぜって、彼ら、彼女らがやっているトップダウンの古いマネジメントの仕方も、かつては正しいものとされ、そう習ってきたんですから。

ところが、時代が変わったがために、それまで通りやっているだけでパワハラと言われるようになってしまった。だから、自分たち自身もどう変えたらいいのか分からずに、ご苦労されている面もあるのかなと。私にもそういう側面はあるので、その気持ちはすごくよく分かるんです。

八木春香

そこで、マネジメントの改善の方向性を得るために月一回のサーベイを導入しようと考えました。経産省には以前から360度評価と言われる、1年に1回、部下が上司のマネジメントと仕事の成果を評価する仕組みがありますが、そのフィードバックのサイクルを小さくしよう、と。

どんなマネジメントが正解か分からないまま1年間やって、その結果、1年に一度、「あなたのマネジメントはダメでしたよ」と言われるんじゃ、悲しいですし、今さら修正しようがないですから。

——たしかに。

今はまだ理解のあるいくつかの課室で試行的にやり始めようとしている段階で、その結果を見て、質問内容なども継続的にブラッシュアップしていくつもりです。

こうした制度の導入の仕方自体もメルカリで学んだものなんです。従来のように完璧に固めてから一気に全省に入れるやり方だと、立ち上げるのに時間がかかるし、せっかくのいい芽が批判的な声で潰されてしまうかもしれない。

“正解” の分からない世界では、小さくてもいいから早くやってみて、そこから得られるフィードバックを見て、いけるならいける、ダメならダメ、変えるならどう変えるかを考えるというやり方をしないといけない。それは社内で新しい制度を入れる場合でも同じなんだと思います。

組織は変えられる。ブレーキを踏んでいたのは自分だった

ところで、今回の派遣を終えていろんな人に聞かれるのが「なんで辞めなかったんですか?」ということで。省内の人からもよく「そのままベンチャーに行っちゃうと思った」と言われるんです(笑)。

すごく正直に言えば、メルカリに入って4カ月くらい経ったころには、「なんて働きやすいんだ!」「こういう心理的安全性が高い状態で働きたい!」と思って、実際に動いていたのは事実です。人材紹介サービスに登録したりもして。

——なぜ辞めなかったんですか?

いろいろ考えた末に、世の中を良くしたいと思って経産省に入った、新卒当時に抱いていた原点を思い出したんですよね。改めて外から見たら、経産省だからこそできることの広さをすごく感じたところもあって……。

でも、帰ってくるからには「覚悟」を持って帰ってきたつもりです。

八木春香さんの手

もう自分にブレーキはかけない。簡単に言うと「忖度しないぞ」という覚悟です(笑)。

でも、いざ帰ってきてみると、新しいこと、正しいことをやりたいと言って実際にやろうとする自分を止める人は誰もいませんでした。むしろ応援してくれる人ばっかりで。

私はもともと挑戦できていない自分にコンプレックスを抱いていて。そういうところを変えたいと思ってメルカリに行ったところもあるんですが、それは結局、自分がブレーキをかけていただけだったんだと気づかされました。「私はまだ係員だから」とか、「上司がなにを考えているか分からないから」とか、やらない理由はいくらでも探せる。でも、実際には自分がやるかやらないかしかないんですよね。やる覚悟があるかないか。それだけ。

もしかしたらこれは経産省に限った話ではなくて、他の企業でも同じなのかもしれないです。だから、大企業の中にいて「この組織は変わらない」と諦めている人や、逆に「自分は組織に染まりすぎてしまった」と感じている人も、自分でそうやってブレーキを踏むことをしないで、やればいいんだと思うんです。その結果失敗したとしてもそれ自体が糧になる。それだけで一歩進んでいるわけだから。

私自身は今回のベンチャー派遣を通じてそのことに気づき、なんとなく次の境地に入った感がありました。そうするとむしろ「こんなに大きなフィールドで、やれることが山ほどある恵まれた環境にいたんだ」と気づくことができた。だから帰ってきたんです。

自分が行動することでしか世の中は変わらないし、仕事も変わらないし、自分のキャリアも作れない。いまさらなことに聞こえるかもしれないですけど、私自身は今回の経験で腹落ちしたところがあります。もしこの記事を読んでくださっている方の中に、かつての私のように悩んでいる方がもしいらっしゃるなら、そのことをお伝えしたいなと思います。

経済産業省職員

経産省・採用チームのみなさんと

(取材・文、鈴木陸夫、企画・編集、岡徳之、撮影・伊藤圭 )

"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年7月9日公開の記事)

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