10月24日、The Newsが「AI decodes Napoleon's cipher after 217 years in 6 hours」と題した記事を公開した。元記事によると、OpenAIのGPT-6 AstraがナポレオンのGeneralへの軍事書簡に使われた暗号を約6時間で解読したという。歴史的暗号解読とLLMの能力が交差する事例として、技術コミュニティの注目を集めている。
217年越しの解読
217年間、完全には読まれることのなかったナポレオンの軍事書簡が、AIによって約6時間で解読された。ただし「217年間誰も解けなかった」という表現は注意を要する。歴史家による部分的な解読の試みはすでに存在しており、正確には「完全解読に成功した者がいなかった」という意味合いに近い。
解読に取り組んだのは、サイバーセキュリティ企業SentinelOneのエンジニア、Carter Churchだ。彼がAIに与えたのは、1969年のフランス陸軍機関誌から複製した低解像度のスキャン画像1枚のみ。それだけで、元記事が「GPT-6 Astra」と記述するOpenAIのモデルは、文字の転写と暗号の解読という、通常なら別々の専門家が担う2つの作業を同時にこなした。
何が技術的に面白いのか
この書簡は24行にわたり、手書きの記号が約1,300個含まれている。モデルはこれらを155種類の固有記号に分類した。
使われていたのはホモフォニック暗号(homophonic cipher)だ。これは、同じ文字に対して複数の異なる記号を割り当てる手法で、文字の出現頻度による統計的解析(頻度分析)を困難にする古典的な暗号技術である。英語やフランス語では"e"のような頻出文字が特定されやすいため、こうした偽装が有効だった。19世紀初頭の軍事通信では広く採用されており、ナポレオン軍もこの手法を積極的に活用していたとされる。
今回の解読が技術的に難しかった理由はもう一つある。低解像度スキャンという入力品質の問題だ。手書き文字の判別は通常でも困難なうえ、200年以上前の文書をさらに複製したものを解析するには、画像認識と言語的推論を組み合わせる必要がある。この点で、今回の取り組みはNLP(自然言語処理)とコンピュータビジョン双方にまたがる作業といえる。
モデルはその後、歴史家Daniel Tantがカタログ化していた部分的な解読鍵(33文字分をカバー)をこの書簡と紐づけた。これまで誰もこの鍵とこの書簡を結びつけていなかった。残りの文字はモデル自身のソルバーが補完した。なお、5つの記号は書簡中に1回しか登場しないため、解釈が確定できずに残っている。
書簡の内容と歴史的背景
書簡の日付は1809年3月16日。ナポレオンが義理の息子でイタリア副王のウジェーヌ・ド・ボアルネに対し、義弟にあたるオーギュスト・ド・マルモン将軍への伝達を指示したものだ。マルモンはダルマチア(現在のクロアチア沿岸部)でフランス軍本隊から孤立していた。
この時期の軍事的文脈を補足しておくと、1809年3月はナポレオンがオーストリアとの第五次対仏大同盟戦争(ワーグラムの戦いへ至るキャンペーン)に向けて準備を進めていた時期にあたる。書簡の内容はオーストリア侵攻直前のフランス軍および同盟軍の位置と兵力に関する更新情報であり、孤立したマルモン部隊との連絡を保つうえで暗号化の重要性は極めて高かった。こうした実戦的な要請が、ホモフォニック暗号のような解読困難な方式が選ばれた背景にある。
書簡の正しい日付は、周辺の関連書簡との照合によってChurchが確定した。Churchは「誤った鍵からは歴史的に整合する文章は生成できない」と指摘しており、解読結果は技術的に検証可能だと述べている。
成果物は公開済み
Churchは転写テキスト、解読テーブル、スクリプトをすべて公開している。歴史的暗号の未解読リストを管理するCryptiana(管理者:Satoshi Tomokiyo)では、この暗号のステータスが「解決済み」に更新された。
LLMが画像認識・統計解析・歴史知識の参照を横断的にこなした今回のケースは、「AIが専門家の役割をどこまで代替できるか」という問いに対して、具体的な答えの一つを示した事例といえる。歴史文書の解析や文化財のデジタル化といった分野への応用可能性という観点からも、注目に値する取り組みだ。
詳細はAI decodes Napoleon's cipher after 217 years in 6 hoursを参照していただきたい。