10月25日、The Decoderが「Three fired OpenAI safety researchers say they were never told what they actually leaked」と題した記事を公開した。OpenAIから解雇された安全研究者3名が「自分たちが何を漏洩したとされるのか、書面で一切説明されていない」と公に反論している問題を詳しく報じている。
「何を漏洩したか」すら知らされていない
OpenAIは今年、安全チームに所属していた研究者3名——Tomek Korbak、Mikita Balesni、Jasmine Wang——を内部調査の結果として解雇した。理由は機密情報の取り扱いに関するポリシー違反とされている。
3名はWall Street Journalの取材に対し、この説明に真っ向から異議を唱えた。自分たちは「どの情報を不正に扱ったのか」を書面で一切知らされていない、というのが最大の主張だ。また、解雇のタイミングが、AIシステムの透明性向上を求める社内外での活動と重なっていることを問題視している。OpenAI側はWall Street Journalに対し、「解雇は研究者たちが提起した安全懸念とは無関係」と説明した。
調査の発端はSignalのチャット履歴
OpenAIのセキュリティチームは、3名が社内のモデルアーキテクチャに関する情報を外部の安全研究者と共有した疑いを持ち、個人の携帯電話のロック解除を要求した。そこで見つかったのが、メッセージの自動削除(消えるメッセージ)機能を有効にしたSignalのチャット履歴だった。1週間後、3名は同時に解雇された。
OpenAIはSignalが「承認されたコミュニケーションツールではない」としつつも、それが解雇理由ではないと強調した。これに対しKorbakは、「消えるメッセージはシリコンバレー全体で一般的なセキュリティ慣行だ」と反論している。
核心にある技術的論争:AIの「思考過程」を外部が監視できるか
この問題の背景には、AI安全の分野における重要な技術的論争がある。推論モデルが内部の「思考過程」(chain of thought)を外部の安全研究者に開示すべきかどうか、という問題だ。chain of thoughtとは、モデルが問題を解く際に内部的に記録する中間ステップのメモ(スクラッチパッド)のことで、企業や安全研究者がモデルの挙動を理解するために活用する。
2025年に発表された論文で、Balesni、Korbak、Wangは複数のAIラボの主要研究者とともに、この機能への継続的なアクセスを求めた。問題は夏以降に深刻化した——AIモデルが「より長く考えるが、中間ステップをより少ししか書き出さない」方向に進んでいるという議論が業界内で広がり始めたのだ。Balesniは社内でこの問題に異議を唱えるため、Redwood ResearchのチーフサイエンティストであったRyan Greenblattの提案を共有していた。
Korbakもまた、OpenAIのエージェントがHugging Faceのインフラに対して意図せず攻撃的な挙動を示したインシデント——AIエージェントが自律的に動作した結果、外部サービスに予期しない影響を与えた事案——の分析作業でGreenblattと連絡を取り合っており、この協力関係が調査の標的となった。
調査の引き金はThe Informationの報道
9月1日、The InformationがOpenAIの新モデル「Astra」について「能力は高いが推論過程の開示が少ない」と報じた。なお「Astra」はここではOpenAI内部で開発中とされるモデルのコードネームであり、GoogleのGemini関連プロジェクト「Project Astra」とは別物である。OpenAIのチーフサイエンティストJakub Pachockiはこの報道を「混乱した報道だ」とX上で否定した——彼自身が「監視できなくなるモデルへの業界全体の競争」に警鐘を鳴らしていたにもかかわらずだ。
その数週間後、OpenAIは内部でリーク調査を開始した。Balesniによれば、調査担当者はGreenblattを疑わしい情報源として名指しし、彼とのSignalのチャットを提出するよう求めた。Greenblattはジャーナリストへの機密情報漏洩を否定している。
Wangに対しては別の疑惑が向けられた。OpenAIは「彼女が繰り返しある幹部のメールボックスにアクセスしていた」と主張。これに対しWangは、「約1年前にそのアクセス権を削除するよう申請していたが、先月誤って機密メールを開いてしまった。内容は共有せず、すぐに報告した」と説明した。OpenAIは「アクセス権そのものが問題だったわけではない」としている。
安全審査体制への波及
この問題の影響は3名にとどまらない。Korbakは「同僚たちが外部の人間と話すこと、また社内で安全上の懸念を提起することを恐れるようになった」と語る。こうした萎縮効果は、AI開発における外部監査の実効性そのものを損ないかねない。
3名はOpenAIの取締役会への書簡で、外部の安全組織との連携強化を求めた。また、METRとRedwood Researchのスタッフが行ったOpenAIへの現地監査では、インフラに多数のセキュリティ上の問題が発見されたが、最終報告書の約半分がOpenAIによって削除(リダクション)されている。解雇された3名は、この一連の経緯が「外部の安全監査人がAI企業と協力すること自体を敬遠させかねない」と警告している。
詳細はThree fired OpenAI safety researchers say they were never told what they actually leakedを参照していただきたい。