10月18日、ZME Scienceが「OpenAI released 722 math papers at once and mathematicians are freaking out」と題した記事を公開した。OpenAIが未公開AIモデルを用いて生成した722本の数学論文を一挙にGitHub上へ投下し、数学界が騒然としている——論文の中には各100万ドルの賞金が懸かるミレニアム懸賞問題への「解答」を主張するものまで含まれており、その品質と動機をめぐって賛否が真っ二つに割れている。
722本、一夜にして投下
OpenAIが公開した722本の論文が対象とするのは372の未解決問題で、代数・幾何・理論計算機科学など幅広い分野をカバーしている。
中でも注目されるのは、リーマン予想やバーチ・スウィンナートン=ダイアー予想といった、各100万ドル(約1.4億円)の賞金が懸けられた「ミレニアム懸賞問題」への解答を主張する論文が含まれている点だ。
この公開のされ方は、数学界で「ドロップ」「ダンプ」「絨毯爆撃」、そして「mathocalypse(数学の終末)」とさまざまに形容されている。
論文の品質への疑問
問題は量だけではない。内容の質に深刻な疑問が呈されている。
ZME Scienceの記事がモナシュ大学数学部のMelissa Lee上級講師の見解として紹介しているところによれば、同僚の数学者が自分の専門とする問題の論文を読もうとしたところ、「数学雑誌の編集者として受け取っていたら、即ゴミ箱行きにしていた」と評したという。
さらに皮肉なことに、OpenAI自身のモデルに高プロファイルな結果の一つを評価させたところ、「深刻なハルシネーション……完全な専門家による監査なしに証明として引用・提出・流通させるべきではない」と回答したという(記事中では使用モデルの名称も言及されているが、正確な名称については元記事を直接確認されたい)。
すでに3本が取り下げられ、複数本が結果を無効化するミスにより修正されている。公開前の検証が不十分だったことを強く示唆している。
なぜ今、このタイミングなのか
OpenAIの動機として、記事では複数の観点が示されている。
一つ目は、9月のナビエ-ストークス問題をめぐる騒動からの話題転換という見方だ。OpenAIは9月、ミレニアム懸賞問題の一つであるナビエ-ストークス方程式の解答を主張した。しかし数学者のTristan BuckmasterとLevent Alpögeが「OpenAIが自分たちのデータとアイデアを無断使用し、約1500万ドルの計算資源を投じて解を得た」と主張、OpenAIはこれを否定したものの問題は尾を引いていた。
二つ目はIPO前の企業価値アピールだ。OpenAIは最大1.4兆ドル(米国GDPの約4%)の評価額を目指した株式公開を計画している。高度な抽象数学でAIが研究レベルの成果を出せることを示せば、AGI(汎用人工知能)への接近を印象付けられるという計算が働いている可能性がある。
「機械が機械を検証する」という試み
数学的正しさの担保として、OpenAIはLeanという形式検証システムを使い、主要な結果のうち300本を機械検証可能な証明に変換したと主張している。Leanは数学の各論理ステップをコンピュータが自動確認できる形式で記述するツールで、「証明の機械的な正しさ」を保証できる。
ただし、AI生成の形式検証には過去に問題事例がある——前述のナビエ-ストークス問題の形式検証でも不備が指摘されている。数学コミュニティがOpenAIの形式検証を受け入れるかどうかは、現時点では不透明だ。
数学界の反応
反応は大きく割れている。X(旧Twitter)上では「数学史上最も重要な瞬間だ」と興奮する声がある一方、「数学者たちは、玄関先に投げつけられた巨大な糞の山にそれほど感激していない」と皮肉る声も上がっている。いずれもX上での発言であり、数学コミュニティ全体の総意を代表するものではないが、反応の振れ幅の大きさは示している。
※編集部の考察:今回の公開をめぐる賛否は、AIが「発見した」結果の正当性をどう評価するか、という数学界全体が直面する問いと直結している。形式検証を通過しても専門家が「ゴミ箱行き」と評するケースが出ている現状は、「機械が証明できること」と「数学者が証明として認めること」の間にまだ大きな溝があることを示唆している。
特に学生や若手研究者にとっては、自分の研究テーマがAIに先を越される可能性や、「AIスロップ(粗雑なAI生成物)」の検証労働を誰が担うべきかという問いが、切実な問題として浮上している。
詳細はOpenAI released 722 math papers at once and mathematicians are freaking outを参照していただきたい。