10月2日、Liz Hughesが「Prompt: AI is removing rungs from the corporate career ladder」と題した記事を公開した。この記事では、AIがジュニア人材の育成経路を担ってきたエントリーレベルの業務を代替しはじめ、企業のキャリアラダー(昇進の梯子)の構造そのものが揺らいでいる問題について詳しく論じられている。
「下積み」が消える
企業のキャリアラダーは長年、「若手が地道な業務をこなし、その経験で判断力を磨き、徐々に上位職へ昇進する」という構造で機能してきた。AIがそのエントリーレベルの業務を担い始めると、この学習経路が断ち切られる。
Teikametrics CFOのBrian Beaupreは、自身のキャリアの最初の10年間を財務モデルの構築と、主要な経営判断の数字の読み解きに費やした。今日、そのような作業の大半はAIが実行できる。彼が懸念するのは、「答えが間違っていると気づく感覚」を育てる"苦労"を若い世代が経験できなくなることだ。AIが出力した結果を批判的に評価するためには、かつて泥臭い作業を通じて培われた「肌感覚」が不可欠だが、その感覚を養う機会そのものが失われつつある。
サイバーセキュリティ分野でも同様の動きがある。SOC(セキュリティオペレーションセンター:企業や組織のネットワークやシステムを24時間体制で監視し、脅威の検知・対応を担う専門部門)従業員を対象にした調査では、AIによってエントリーレベルのSOC職が一部消滅する可能性が示された。AIがより戦略的なポジションへの移行機会を生む一方で、その「戦略的ポジション」に就くための経験を積む場が失われるという矛盾が生じている。エンジニアリングの文脈でも構造は同じだ。コードレビュー、バグ修正、テスト作成といったジュニアエンジニアが担ってきた業務は、AIによる自動化の主要ターゲットでもある。
スキル格差が賃金格差に直結
PwCが約5万人の労働者を対象に実施した調査では、56%が「エンジンルーム」と呼ばれるカテゴリに分類された。PwCの分類における「エンジンルーム」とは、専門的なスキルを持たず、かつAIの習得も進んでいない層を指す。組織の基盤を支えながらも、変化への適応が最も遅れているグループだ。このグループのうち、雇用の安定に自信を持てるのはわずか半数にとどまる。
賃金面でも格差は広がりつつある。Payscaleの調査によれば、61%の企業がAIを理由に求人票の書き直しを行っているにもかかわらず、給与体系が追いついていると答えた企業は半数以下だった。Payscaleは、AIスキルを持つ新規採用者に高い報酬を提示しながら、既存社員の同種スキルを適切に評価しなければ、「リテンションの時限爆弾」になりかねないと警告している。新旧の賃金格差が内部での不満を蓄積させ、人材流出を加速させるリスクがある。
企業はどう対処しているか
BeaupreはAIへの対処として、ベテラン社員と若手社員をペアにする手法を試みている。ベテランが意思決定のプロセスを言語化して説明し、AIツールの操作に慣れた若手がその作業を補助する形だ。AIが「完成品」を提供するだけになると失われる学習を、この対話の中で意図的に再現しようとしている。単にツールの使い方を教えるのではなく、判断の根拠や文脈を引き継ぐ場として機能させることが狙いだ。
ただし、この移行は自然には起きない。エントリーレベルの業務を削減しながら、代替の学習機会を設けなければ、企業は将来必要とするシニア人材を内部で育てられなくなる。記事はこう結論づける。
AIは企業のキャリアラダーをなくすわけではないが、これまで人々が使ってきた踏み台の多くを取り除いてしまうかもしれない。
「AIが育成コストを下げる」という楽観論の裏で、次世代のシニアエンジニアや専門職をどう育てるかという問いに、業界全体がまだ答えを出せていない。キャリアラダーの踏み台が失われた先に何を置くのか、各企業が早急に設計を迫られている局面だ。
詳細はPrompt: AI is removing rungs from the corporate career ladderを参照していただきたい。