10月2日、OpenAIが「Chatham scales its capital markets expertise with OpenAI」と題した記事を公開した。この記事では、金融アドバイザリー企業のChatham FinancialがOpenAIのCodexおよびGPT系モデル(元記事に記載のモデル名)を活用し、取引検証などの業務フローを大幅に効率化した事例が紹介されている。
金融分野でのAI導入は「精度と監査可能性をどう担保するか」という問題が常に伴う。Chathamが取ったアプローチは、まず熟練した専門家の判断と並走させて性能を検証し、確認が取れた範囲から段階的に自動化を拡大するというものだ。この「人間との比較検証を先行させる」姿勢こそが、本事例を単なる効率化の話に留めない理由だ。
Chatham Financialとはどのような企業か
Chatham Financialは、デリバティブ(金利・為替・コモディティ等のリスクを管理するための金融派生商品)や債務など複雑な資本市場取引に関するアドバイザリーを手がける専門企業だ。クライアントは大企業や金融機関が中心で、取引データの正確性と監査可能性(auditability=取引の経緯や根拠を事後に追跡・検証できる性質)が事業の根幹にある。
※「デリバティブ」とは、株式・金利・為替などの原資産から派生した金融商品の総称。企業が将来のリスクをヘッジ(回避)するために広く利用される。
こうした業務の性質上、AIを導入する際には「速さ」だけでなく「結果の信頼性と追跡可能性」が不可欠な要件となる。Chathamのアプローチはその制約を正面から受け止めたものだ。
取引検証を30分から4分未満へ
最も具体的な成果が出ているのが、取引検証(trade validation)の自動化だ。
従来、Controls and Data Integrityチームが各取引記録を照合・検証する作業には、熟練レビュワーが1件あたり約30分を費やしていた。
同社が取り組んだのは、「Process Zero」と呼ぶワークフロー再設計サービスの枠組みを自社内に適用することだ。各業務について「最低限必要な入力と根拠は何か」「人間の判断が不可欠な箇所はどこか」を特定したうえで、AIをどう組み込むかを設計する。
Codexを使って開発した取引検証アプリケーションは、取引の裏付けとなる証跡を収集し、主要条件を比較してから、差異を担当者にフラグとして提示する。
「初期計測では、レビュー時間が約30分から4分未満に短縮された。それと同様に重要なのは、自動化を拡大する前に、実際の取引と経験豊富なレビュワーの結果に対してアプリの性能を検証していることだ。最終的には、より正確で監査しやすい結果を迅速に出せるようになる。」
— Alex Nordlinger、Chatham AI Advisoryプラクティス共同責任者
引用中の「自動化を拡大する前に性能を検証する」という一節が、Chathamの導入方針を端的に表している。精度の担保なき高速化は、金融アドバイザリーの文脈では許容されない。今後はこのアプリケーションを追加の取引タイプに展開し、適切な管理と専門家の監督を維持しながら、さらに自動化を進める計画だ。
社員がアプリを自作する「Chatham Vibes」
Chathamの社員はChatGPTやCodexを日常的に使い、調査・分析・草稿作成・ソフトウェア開発などに活用している。さらに、「Chatham Vibes」と呼ぶ内部プラットフォームを通じて、社員自身が業務に特化したアプリケーションを構築できる体制を整えた。
Vibes上のAI機能はデフォルトで元記事に記載のGPT-5.6 Terraが使われ、アプリごとの設定によってGPT-5.6 Solへのアップグレードも可能とされている。
実際に社員が構築したアプリの例として、以下が紹介されている。
- 満期が近いキャップ取引(maturing-cap trades)のレビューと、プライシングワークブックおよびクライアント向けコミュニケーションの準備
- 固定利回りのレートシート作成
- ヘッジングダッシュボードの準備
- 取引確認書のレビュー
これらはいずれもクライアント向け業務に直結しており、専門家が市場の文脈とクライアント理解に基づいて成果物を評価・精査したうえでクライアントに届ける、という役割分担が徹底されている。
次世代プラットフォーム「Chatham Onyx」の開発にもCodexを活用
Chathamが開発中の次世代資本市場オペレーティングシステム「Chatham Onyx」は、資産・債務・デリバティブを一元化された環境に集約し、クライアントとアドバイザーが追跡可能な形でAIを活用できるプラットフォームだ。
Onyxの開発ライフサイクル全体——計画・実装・テスト・ドキュメント・レビュー——にわたってCodexを活用している。プラットフォームに搭載されるモデルは用途で使い分けており、元記事によればGPT-5.6 Sol・GPT-5.6 Terra・GPT-5.4・GPT-4.1が組み合わされているとされる。単純な分析や非本番テストはコスト効率の高いモデルに振り向け、精度と価値が求められる複雑なタスクにはGPT-5.6を使う構成だ。
Onyx上の機能例として「ChatFIN」がある。過去の市場データのパターンを要約し、ユーザーが自社ポートフォリオを理解する手助けをしながら、債務・デリバティブ・リースに関する法的文書を検索・リンクする。

「制約は専門知識ではなく、時間だった」
今回の事例を貫く考え方を最も端的に示すのが、以下の言葉だ。
「私たちの制約は、専門知識の不足ではなかった。専門家がその知識を発揮できる段階に至るまでに費やす時間こそが制約だった。OpenAIはその時間を取り戻す助けをしてくれている。」
— Mike Noonan、Chatham Financial 共同COO
この視点は、AI活用の目的を「全プロセスを速くすること」ではなく「専門家が判断を発揮できる時間を生み出すこと」と定義し直している。金融機関においてAIの監査可能性と精度を担保しながら業務自動化を進めることは業界全体の課題でもある中、Chathamのアプローチ——まず人間のレビュワーと比較検証し、性能確認後に自動化を拡大する——は、その課題への一つの実装モデルとして注目に値する。IT・金融双方のエンジニアや業務設計者にとっても、導入順序と検証設計の観点で参考になる事例だ。
詳細はChatham scales its capital markets expertise with OpenAIを参照していただきたい。