9月25日、Steve Blankが「Steve Blank AI Killed the MVP – Long Live the IUP」と題した記事を公開した。この記事では、AIの台頭によってスタートアップ教育の根幹を担ってきたMVP(Minimum Viable Product)が機能不全に陥り、その代替概念としてIUP(Initial Untested Product)を提唱するに至った経緯について詳しく述べられている。
MVPはもう「証拠」にならない
Steve Blankは顧客開発(Customer Development)手法の提唱者として知られ、「顧客開発の父」と呼ばれることが多い人物だ(なお「リーン・スタートアップ」という言葉を広めたのはBlankの元教え子であるEric Riesである)。Blankは2011年にLean LaunchPadという起業家教育プログラムを開発した。同プログラムは米国科学財団(NSF)の「I-Corps」として100以上の大学に採用され、約3,500チーム・1万人の研究者を訓練、1,400以上のスタートアップを輩出している。また派生プログラム「Hacking for Defense」は米国60以上・英国17の大学で展開されている。
その彼が今、「MVPは死んだ」と断言する。
理由は単純だ。AIによるいわゆる「バイブコーディング(vibe coding)」──自然言語で指示するだけでAIがコードを生成する開発スタイルで、2025年頃にAI研究者のAndrej Karpathyが広めた表現だ──が普及したことで、チームは初日から動くプロダクトを生成できるようになった。その結果、MVPはもはや以下のいずれの証拠にもならなくなった:
- チームの技術的な実力
- 顧客発見(Customer Discovery)の深度
- 仮説検証の結果
- プロダクト/マーケットフィットへの取り組み
- チームのコミットメント
Lean LaunchPadの10の設計要素のうち、MVPに関わる2つが一夜にして陳腐化した。
IUP(Initial Untested Product)とは何か
Blankは、AIで生成された"初日から動くプロダクト"をIUP(Initial Untested Product:未検証の初期プロダクト)と再定義することを提案する。
MVPとIUPの違いは名称ではなく、何を意味しているかだ。MVPは本来、顧客インタビューと仮説検証を積み重ねた結果として生まれる「学習の証跡」だった。対してIUPは、顧客理解ゼロの状態でも生成できる「ただのアウトプット」に過ぎない。
Blankはこの混同を「症状(MVPが死んだこと)と、より深い本質的な問題を取り違えた」と自戒を込めて表現している。
Lean LaunchPadの設計思想を振り返る
なぜこの問題がここまで深刻なのか。それはLean LaunchPadの設計原則を確認すると明確になる。
同プログラムの10の設計要素は以下の通りだ:
- ビジネスモデルキャンバスを仮説マップとして使用
- 顧客開発(Customer Development)を中核活動に置く
- 100件以上の顧客・ステークホルダーインタビューによるパターン認識
- 仮説を実験に変換する(スタートアップへの科学的手法の適用)
- MVPをチームの技術力と顧客理解の累積的証拠として位置づける
- MVPをプロダクトだけでなくビジネスモデル全体の検証に活用する
- ピボットや方向転換を正当な結果として認める
- 週次締め切り・公開プレゼン・直接的フィードバックによる高い緊張感
- 実務経験者による指導(講義より批評とコーチング)
- 構造化された標準プロセスと、業界ごとに適応可能なコンテンツ
このうち5と6がAIによって無効化された、というのがBlankの診断だ。
問題はMVPだけではない
さらにBlankは、MVPの陳腐化はあくまで「症状の一つ」に過ぎないと指摘する。2011年当時には存在しなかった、クラス外の構造的変化が起きているという。
- ベンチャーキャピタルの変化:調達できる金額・タイミング・相手の変化
- プロダクト開発手法の変化:コアテックプラットフォームと開発ツールの様変わり
- プロダクト構築コストの変化:市場投入までの時間、チーム規模、必要資本の大幅な縮小
- 顧客の採用行動の変化:評価・購買・導入・利用の仕方、そのスピード、「自社開発vs購入」判断基準の変化
これらを踏まえたカリキュラムの全面改定が必要だ、というのが現在のBlankの立場だ。ただし、改定の具体的な内容はこの記事にはまだ書かれていない。続編としてPart 3「The World Outside the Classroom Changed, The Class Didn't」およびPart 4「Lean LaunchPad – The Next Generation」での公開が予告されており、刷新の詳細はそれらを待つ必要がある。
なお、Blankは「クラスからAIを排除しようとしているわけではない」と明言している。「学生にはリアルワールドと同様、AIを最大限に使ってほしい。ただし、AIが変えた世界でどう起業するかを教えるために、クラス自体も変わる必要がある」というのが彼のスタンスだ。
MVPという概念がスタートアップ界に定着して約15年。AIがその前提を根底から変えた事実は、エンジニアや起業家にとっても無視できない問いを突きつけている。
詳細はSteve Blank AI Killed the MVP – Long Live the IUPを参照していただきたい。