9月22日、The Decoderが「OpenAI says its internal model solved over 100 long-standing math problems after just a month of training」と題した記事を公開した。わずか約1ヶ月のトレーニングで100問超の未解決数学問題を解いたとされるOpenAIの内部モデル——その衝撃的な主張に対し、25名のフィールズ賞受賞者が連名で警告書簡を発表する一方、同じフィールズ賞受賞者のTimothy Gowersはあえて署名を拒否した。数学コミュニティの内部で何が起きているのか。
戦略的な文脈:競争と開示のはざまで
一連の動きには戦略的な背景がある。OpenAIのChief ScientistであるJakub Pachockiは最近のインタビューで、数学の最適化はあえて行わず再帰的自己改善に注力していると語っていた。また、ナビエ=ストークス問題への取り組み自体、Anthropicの研究者を含む別チームが先に解決したという噂を聞いてから始まったとも報じられている。こうした文脈を踏まえると、今回の発表はAI企業間の競争圧力と、アカデミアへの開示姿勢という二つの緊張関係の上に成り立っていることがわかる。
1ヶ月で100問超——OpenAI内部モデルの数学性能
OpenAIは、新たな内部モデルが数学のほぼ全分野にわたる100以上の長年未解決問題を解いたと発表した。ナビエ=ストークス方程式に加え、ホッジ予想という2つ目のミレニアム懸賞問題も解決したと報じられている。ミレニアム懸賞問題とは、Clay数学研究所が2000年に選定した7つの未解決問題群で、各問題に賞金100万ドルが懸けられている。数学界における最高難度の問題として広く認知されており、その2問が相次いでAIに解かれたという主張は数学コミュニティに衝撃を与えた。
トレーニング開始日は8月28日。発表時点でまだ約1ヶ月しか経っていない計算になる。OpenAI社内の数学者たちも「進展の速さに驚いた」と述べており、社内での議論はすでに「アカデミアに十分な準備期間をどう与えるか」という段階に移っているという。
ただし、どの問題を解いたのか、どのように解いたのか、その結果が数学・科学にとって何を意味するのか——これらはいずれも現時点で未公開のままだ。すでに公開されているナビエ=ストークスの解も、科学コミュニティ内で激しい議論を呼んでいる。
数学者コミュニティへの対応として諮問グループを設置
今回の発表は、数学者からの批判への直接的な応答でもある。25名のフィールズ賞受賞者らが連名で発表した公開書簡「A Severe Misalignment of AI in Mathematics」では、「AIが解ける未解決問題の数で性能を測ることの危険性」が指摘されている。解を量産するだけでは数学の本質である概念的理解が損なわれ、人間の知性そのものを脅かすというのが彼らの主張だ。
これに対しOpenAIは、Institute for Advanced Studyを拠点とする「Advisory Group on Mathematics and Artificial Intelligence(AGMAI)」との連携を発表した。グループは独立して運営され、メンバーは無報酬でOpenAIに対して助言を行い、公開声明を出す権限も持つ。
ただし、重要な制限がある。OpenAIの研究ペースをコントロールする権限はグループに与えられていない。「このグループは、数学における内部進捗のペース配分について助言する責任を負わない」と同社は明記している。関与できるのは「結果をどう共有するか」であり、「いつ・どのペースで研究するか」ではない。
この制限がなぜ設けられているかについて、元記事は明確な説明を与えていない。ただし構造として読み取れるのは、OpenAIが外部からの「研究の速度そのものへの介入」は受け入れない姿勢を示している点だ。数学コミュニティへの配慮と、AI開発の主導権を手放さないという経営判断の間で、意図的に引かれた線引きと見ることもできる。批判的な数学者たちがこの制限をどう評価するかは、AGMAIの実効性を測る上で今後の注目点となるだろう。
フィールズ賞受賞者Gowersが示す、もう一つの視点
諮問グループの創設メンバーの一人が、フィールズ賞受賞者でもある数学者Timothy Gowersだ。彼は25名の連名書簡には署名しなかった。その理由を自身のブログで詳説している。
Gowersは書簡の多くの主張に同意しつつも、「数学は何のためにあるか」という点で見解が分かれると説明する。書簡が「概念的理解こそが目的」とする一方、Gowersは問題解決を主な動機とする数学者と概念理解を主な動機とする数学者のスペクトラムがあると見ている。
彼自身、ケンブリッジで進めていた自動定理証明の研究プロジェクトが、LLMの性能向上によってその存在意義を失ったと打ち明ける。
「別の言い方をすると、私たちは『Bitter Lesson』(スケールと計算量が専門知識を上回るという教訓)を飲み込まざるを得なかった。その速さには驚いたが、可能性としては常に認識していた。」
Gowersが最も懸念するのは、数学者になろうとする人がいなくなることだ。
「私が数学者になった主な動機は、未解決問題を解くという夢だった——有名なものであればあるほど良い。」
その夢が失われれば、数学の知識体系を継承する「伝統の番人」たる次世代の研究者が育たなくなる可能性がある。また、政策立案者がAIで数学ができるなら人間の数学者は不要だと判断するリスクも現実的な問題として提起している。
書簡に署名しなかったもう一つの理由として、Gowersは「署名しても何も変わらない」という現実的な判断を挙げる。主要な数学問題を解けるLLMは数ヶ月以内に一般公開されると見ており、「AI企業が解を出しすぎると批判しても得られるものはない」と述べた。同じフィールズ賞受賞者でありながら書簡への署名を選ばなかったGowersの立場は、数学コミュニティ内部の意見の分断を象徴している。AGMAIへの参加という選択は、批判の外に立って実質的な関与を試みる現実路線とも読める。
詳細はOpenAI says its internal model solved over 100 long-standing math problems after just a month of trainingを参照していただきたい。