9月18日、LangChainが「How Included Health Built Federated Healthcare Agents with LangGraph and Deep Agents」と題した記事を公開した。この記事では、医療ナビゲーションAI「Dot」をLangGraphとDeep Agentsによるフェデレーテッドマルチエージェント構成で本番稼働させたIncluded Healthの実装事例について詳しく紹介されている。
決定木では対応できない医療ナビゲーション
Included Healthは、雇用主や健康保険プランと連携し、バーチャル診療・メンタルヘルス・専門医紹介などの医療サービスへのナビゲーションを提供するプラットフォームだ。その中核となるのが、AI搭載の医療ガイド「Dot」である。
医療の難しさは、ユーザーが「尋ねていること」と「本当に必要なこと」が一致しない点にある。「動脈プラークスキャンは保険でカバーされますか?」という質問の裏に、高コレステロールや家族の心疾患歴が潜んでいるケースがその典型だ。適切なケアに辿り着けないまま手続きが止まれば、患者の病状悪化や余計な受診コストにも直結しかねない。従来の構造化されたナビゲーションツリーでは、こうした文脈を拾い上げられず、エンジニアリングマネージャーのKartik Darapuneni氏は「ユーザーにとって非常に窮屈で、体験として良くない」と述べている。
「胸が痛い」という発言への対応も同様だ。7回の確認質問を経てからではなく、最初のターンで緊急性を判断できるシステムが求められる。LLMとエージェントの組み合わせがこの課題を一変させた、とKartik氏は言う。
アーキテクチャの核心:フェデレーテッドな「Dotスーパーグラフ」
Included Healthの本番構成は、LangGraphで構築したDotスーパーグラフを中心に据えている。ここで採用されているのがフェデレーテッド(連合型)アーキテクチャだ。複数のプロダクトチームがそれぞれ独立所有するエージェント群を、単一の統合されたシステムとして連携させる方式を指す。Dot自体がカバレッジ確認・請求照会などのトランザクション処理と、適切な医療機関へのルーティングを担う会話ルーターとして機能する。緊急ケア受付・予約スケジューリング・専門医検索・メンタルヘルスなど、ドメインごとのサブワークフローを複数のプロダクトチームが独立して所有・開発している。
ここで課題になったのが一貫性だ。スタッフMLエンジニアのRohan Bhandari氏によれば、「別のエージェントに遷移した瞬間に口調がぶっきらぼうになり、同じキャラクターに感じられなかった」という。
この問題を解決したのが**Deep Agents(LangChainが提供するエージェント実行フレームワークで、複数の独立エージェントに共有リソースやグローバル設定を横断適用できる仕組みを持つ)だ。Deep Agentsの共有ファイルシステムを活用し、口調・トーンのグローバルプロンプトを全エージェントに横断適用できるようにした。エージェント間を遷移する際は、送り出し側が会話の要約と完全な会話履歴へのファイルパスを受け取り側に渡す。これによってユーザーが繰り返し説明しなくて済む**体験が実現している。
たとえば「カバレッジ確認スキル」は、かつては各サブワークフローのルーティングロジック内に個別実装する必要があった。現在は「プラットフォームサブエージェントとして分解し、全Deep Agentsが継承できる形にした。つまりどのエージェントでもカバレッジ質問に答えられる」(Rohan氏)。
スキルをケイパビリティレジストリとして管理する
エージェントの臨床的な判断能力は、スキルという単位で管理されている。各スキルはサービスの説明・適用条件・除外条件・エッジケース対応を記述したファイルとして存在する。
エージェントは起動時に各スキルの短い説明だけを受け取り、会話の中で必要と判断したスキルのフルファイルをロードする——このプログレッシブディスクロージャーの設計が、文脈に応じた対話を可能にしている。「医師に診てもらいたい」という発言に対しても、バーチャル緊急ケア・バーチャルプライマリケア・対面診療など複数の選択肢を適切に絞り込む質問を生成できる。
雇用主ごとの福利厚生(1プランあたり20〜30種類)もスキルとしてエンコードする方向で開発が進んでいる。臨床チームがチャットをレビューして推薦先の適切性を評価するフィードバックループも機能しており、臨床ルーティング一致率の目標値である95%を上回る水準を維持している。
ヒューマンハンドオフを設計の中心に置く
このシステムの設計で特徴的なのが、人間への引き継ぎを「エッジケース」ではなくコア設計制約として扱っている点だ。
「LangGraphをメッセージングプラットフォーム全体として捉えている」とKartik氏は説明する。LangGraphの永続的実行(durable execution)により、エージェントはグラフを一時停止し、人間のケアアドバイザーに複数ターンの対応を委ねた上で、その会話コンテキストを保持したまま再開できる。「人間の立場からすれば、すべてを自分でやるのではなく、エージェントの詰まりを解消する役割になる」(Kartik氏)。
医療における関係の長期性も考慮されている。数日・数週間後に同じスレッドに戻ってきたユーザーに対しても、エージェントは人間が対応した部分も含めた完全なコンテキストを保持して応答できる。将来的には、人間が対応中に並列エージェントスレッドがバックグラウンドリサーチを行い、ケアアドバイザーにリアルタイムで推薦を提示する構成も視野に入れている。
LangSmithによる観測と継続的改善
LangSmithのアノテーションキューを使い、全会話を臨床チームがレビューする体制を取っている。評価内容は「ナビゲーション推薦の正確性」「緊急時ガードレールの適切な作動・不作動」など。ラベルはデータウェアハウスにエクスポートされ、データサイエンスチームが運用メトリクスダッシュボードを構築している。
アーキテクチャ変更時の安全網となったのが、LangChainのユーザーシミュレーションパッケージを使ったマルチターン評価だ。標準エージェントからDeep Agentsへの移行は4チームに影響する大規模変更だったが、「評価スイートを全部回してみたら、おおむね性能が向上していることが確認できた。そのデータがあったから他チームに展開する自信が持てた」(Rohan氏)。この移行は2週間以内に完了し、大きなリグレッションもチームの抵抗もなかった。
本番稼働の結果
Dotは8月にクライアント向けにリリースされ、Rohan氏は「過去数年で最もスムーズなローンチだった」と述べている。初期の主な指標は以下のとおりだ。
- エンゲージメント: チャットエンゲージメントが75%向上
- 臨床精度: 臨床チームがDotの推薦に同意した割合が目標の95%超を達成
- 臨床安全性: 定期的な臨床監査で、高リスク状況の99%以上を検知していることを確認
詳細はHow Included Health Built Federated Healthcare Agents with LangGraph and Deep Agentsを参照していただきたい。