9月15日、MIT Technology Reviewが「AI models need more data about biology, and OpenAI is paying to create it」と題した記事を公開した。OpenAI財団が医療AIの能力向上を目的に、高品質な生物学・創薬データの収集・公開を支援する「Data for Public Health」構想を始動したという内容だ。なかでも、破産したバイオテック企業が抱える未公開データを入札で取得し、AIの訓練データとして活用するという着眼点が注目を集めている。
AIの医療応用における最大の障壁は「データ不足」
「AIを生物学に応用するうえで最大のボトルネックはデータだと、誰もが認識している」——長寿研究企業Altos Labsの元計算部門VP、Morgan Levineはそう語る。
テキスト・コード・画像に比べて、生物学・医療領域のデータは圧倒的に量が少なく、かつ公開されていないものが多い。これがAIの医療応用を阻んできた構造的な問題だ。
OpenAI財団が動いた背景
OpenAI財団はOpenAIの非営利部門として設立された組織であり、OpenAIの株式の26%を保有している。OpenAI自体が現在1兆ドル規模のIPOを計画中であることを踏まえると、財団の保有資産は最大2,500億ドル規模に達する可能性がある。比較対象として、ゲイツ財団の2025年末時点の資産は約1,800億ドルだ。つまりOpenAI財団は、世界最大の慈善組織になりうる立場にある。
なお、OpenAIは2025年にPublic Benefit Corporation(PBC)への組織再編を進めており、財団の法的位置づけや役割はこの再編と並行して変化しつつある点には留意が必要だ。
その財団が今年から本格的に助成活動を開始し、今回の「Data for Public Health」構想を打ち出した。財団のエグゼクティブであるJacob Trefethenは年内に10億ドルの助成を目指すと述べている。
「倒産バイオテック企業のデータ」という着眼点
今回の構想で最も注目を集めているのが、臨床試験政策アナリストのRuxandra Tesloが提唱した「バイオテックの失われたアーカイブ」構想だ。
製薬・バイオテック企業が破産する際、通常は企業秘密として非公開のまま消えてしまうデータがある。規制当局とのやり取りの詳細、製造戦略、安全性データなどを含むコモン・テクニカル・ドキュメント(CTD)と呼ばれる書類群だ。CTDは薬に関するほぼすべての知見を含んでいる。
Tesloはこれを破産手続きの入札を通じて取得し、AIの訓練データとして活用することを提案した。OpenAI財団はこのアイデアに50万ドルを拠出し、臨床試験ボランティアを代表する支援組織「1Day Sooner」がプロジェクトを推進する。
1Day SoonerのJosh Morrisonによれば、企業データセットの非独占コピーは数万ドル程度で取得できる可能性があるという。ただし今年に入ってから2件の入札は不調に終わっており、現時点では実現可能性の検証がこの助成の主な目的となっている。現在3件のデータセットを保有しており、うち2件はLumen Bioscienceから寄贈されたものだ。「買い集める」というよりも、まだ手探りの段階にあると言った方が正確だろう。
Tesloはこう指摘する。「AIが癌を治す、とは言われるが、それは現実の煩雑な規制プロセスとは乖離している。創薬コストと時間の約70%は臨床開発に費やされているが、そのプロセスは基本的にブラックボックスだ」。AIを規制の専門家として機能させることが、創薬の加速に直結するという見立てだ。
そのほかの助成先
- ノースカロライナ大学チャペルヒル校:新規がんワクチンのデータ収集プログラムに4,000万ドル
- **OpenAdmet**:研究者が薬物効果を予測するコンペティションを運営するグループへの支援
財団の今年最大の単独助成は8月にCommon Health Coalitionへの1億ドル(C型肝炎治療薬へのアクセス支援)だ。
「倒産企業データの争奪」という新たな潮流
この動きは製薬業界だけの話ではない。元記事によれば、先月Googleが破産した米国の格安航空会社Spirit Airlinesの企業データ入札を制し、1億通のメールを含むデータを取得したという。乗務員や関係者からはプライバシーや機密情報の漏洩を懸念する声が上がっており、破産手続きがAI訓練データの「新たな土地争い」になりつつあるとも指摘されている。
AI安全性との矛盾をはらむ構図
記事ではもう一つの文脈にも触れている。OpenAIのSam AltmanとAnthropicはもともとOpenAIの非営利組織から分岐した経緯を持ち、AI安全性をめぐる考え方でも立場が異なる。AnthropicのCEO Dario Amodeiは先週、AI能力改善の「ペースを落とす」よう求める声明を発表。これにOpenAIのSam Altmanと、自身もAI企業xAIを率いるイーロン・マスクが支持を表明した。一方でOpenAI財団は医療AIの能力向上のためのデータ整備を加速させており、「AIの安全性重視」と「医療AIへの積極投資」という二つの立場が同時に進行している、やや複雑な構図が浮かび上がる。
詳細はAI models need more data about biology, and OpenAI is paying to create itを参照していただきたい。