9月12日、The Decoderが「Ex-Deepmind VP Vinyals says AI self-improvement is coming but won't trigger an intelligence explosion」と題した記事を公開した。元Google DeepMind研究担当VPのOriol Vinyalsが、AIの再帰的自己改善(RSI)は実現するものの、知能爆発には至らないと論じた講演の内容を詳しく紹介している。さらに彼はこの分析を事業として形にしようとしており、Jeff DeanやSanjay Ghemawatら錚々たる顔ぶれと共同でスタートアップ「Discovery Loop」を立ち上げた——これがこの記事の最大のニュースでもある。
スタートアップ「Discovery Loop」で実践へ
VinyalsはDeepMind退職直後、Agentic AI Summit 2026に登壇してこの持論を展開した。そして同時期、この分析を事業として形にしようとしていることも明らかにした。
共同創業するスタートアップ「Discovery Loop」のCEOにはJeff Deanが就き、GoogleシニアフェローのSanjay Ghemawat、Google Brain共同創業者のQuoc Leも参加する。Jeff DeanはかつてGoogle DeepMindの主任科学者を務めた人物であり、Vinyalsとは旧知の間柄だ。4人のうち3人はAI分野で最も引用数の多い研究者に数えられ、GhemawatはGoogleの分散ファイルシステム(GFS)などの論文で分散システム分野においても最多引用クラスの研究者だ。
同社は、仮説の形成から実験の実施、結果の評価まで、科学的サイクル全体を自動化することを目指す。まずAI研究自体を自動化し、Discovery Loop自身が最初の顧客になるという。Deanの言葉を借りれば「自分たちを実験台にする」形だ。他の科学分野への展開はその後になる。
ウェブサイトでは「少数の人員が、現在の大規模な科学者・エンジニアチームよりも速く、高品質に研究・開発を行える未来」を掲げている。ただしVinyalsは、アイデア生成が最も困難な部分であると認めており、初期フェーズでは人間と機械が共同で仮説を立てる形になるとしている。
「自己改善」とは何を改善するのか
AlphaStar、AlphaCode、Geminiといったプロジェクトを主導してきたVinyalsがまず問うのは、「そもそも何を改善するのか」という定義の問題だ。AIシステムには多くの構成要素がある。ニューラルネットワークの重み、学習データ、学習手法、プロンプト、データベースアクセスやコード実行といった外部ツール、さらには進捗を測る評価指標まで、改善の対象は無数にある。それぞれが異なる技術的・規制上の課題を抱えている。
自己改善を実現するには、Vinyalsによれば4つのステップが必要だ。
- アイデアの生成(有望な改善案を思いつく)
- 実装(コードに落とす)
- 実験(テストを走らせる)
- 評価(変更が本当に効いたか判断する)
現在のAIはステップ2と3(実装と実験)では着実に進歩しているが、ステップ1とステップ4が最大のボトルネックだとVinyalsは指摘する。
アイデア生成と評価が依然として壁
現在の研究機関は、SWE-Bench ProやML-Benchといった能力ベンチマークで自己改善を間接的に測っているにすぎない。スコアを上げることで、自己改善が副産物として生まれることを期待する設計だ。コストが安く定義が明確な反面、カバーしているのは「すでに機能している」実装・実験フェーズに偏っている。
さらに厄介なのが、過学習(overfitting)とスキーミングの問題だ。Vinyalsはゲームプレイエージェントを長年構築してきた経験から、システムが目的関数を予期しない方法で「抜け穴利用」することをよく知っている。テトリスを最適化するよう指示されたエージェントが、実際には研究ラボ全体の自動化という本来の目標とはかけ離れた動作をするといった例を挙げている。
より直接的な自己改善ベンチマークも登場し始めているが、各評価にエージェントが数時間かける必要があり、コストは跳ね上がる。
アイデア生成については、Vinyalsは「research taste(研究センス)」という表現を使う。どのアイデアが追求に値するかを嗅ぎ分ける直感のことだ。熟練した研究者が「このアプローチは面白い」「このアイデアはすでに行き詰まりそうだ」と瞬時に判断できるあの感覚——これをLLMに学習させる方法は、まだ誰も本格的に研究できていない。積み上げた失敗経験や分野の文脈理解が土台にある人間固有のスキルであり、単なる知識の量とは別物だとVinyalsは示唆している。
将来の評価指標には、改善量だけでなく「どのように改善したか」も含めるべきだとVinyalsは言う。アイデアの評価基準として、学会レビュアーが使うような観点——独創性、エレガントさ、効率性、時代を超えた汎用性——を適用することを想定している。一部はルール化してリワードモデルで検証し、強化学習で訓練することも可能だが、実現は非常に困難で時間がかかるとも認めている。
知能爆発が起きない物理的な理由
Vinyalsはさらに、ハードウェアの物理的制約を挙げる。チップは設計と光速の限界を超えて計算することはできない。より優れたアルゴリズムをAIが設計したとしても、動作するハードウェアに縛られることに変わりはない。
また、人間のパフォーマンスがすでに上限に近い領域もあると指摘する。AlphaGoは本当に強いのか? 完璧な囲碁と比べてどのくらいか? 誰にもわからない、とVinyalsは言う。
こうした理由から、AIが特定の研究・エンジニアリングタスクを10倍以上高速化することはあり得ると認める一方で、自己加速的な知能爆発は「起きない」と見ている。
詳細はEx-Deepmind VP Vinyals says AI self-improvement is coming but won't trigger an intelligence explosionを参照していただきたい。