9月11日、RuntimeWireが「Anthropic says Moonshot secretly served Claude answers through Kimi」と題した記事を公開した。中国のAIスタートアップMoonshot AIが、自社チャットサービス「Kimi」を通じてユーザーの質問を無断でClaudeに転送し、その回答をKimi名義で提示した上でモデル学習データとして抽出していたと、AnthropicがMoonshotを告発した内容だ。なお、この告発はAnthropicが当事者として発信したものであり、アトリビューションの根拠となる生ログは公開されていない点は最初に断っておく。
AnthropicがMoonshot AIを告発——「ユーザーの質問をClaudeに横流しし、回答を学習に使った」
Anthropicは9月10日に公開した脅威インテリジェンスレポートの中で、中国のAIスタートアップMoonshot AI(運営するチャットサービス:Kimi)が、ユーザーから受け取った質問をClaudeに密かに転送し、返ってきた回答をKimiの回答として提示していたと主張した。最初に報じたのはWall Street Journalだ。
Anthropicによれば、ある10日間の期間だけで約30万件のKimiユーザーリクエストが、5,380個の不正アカウントを通じてClaudeに転送された。アカウントの大半はシンガポールと日本に所在しているように見え、リクエストの圧倒的多数は最上位モデルであるClaude Opusに向けられていた。
「思考プロセス」の抽出まで——精巧な学習データ収集パイプライン
単なるモデル代替(ユーザーに告知せず別のモデルに差し替える行為)にとどまらず、Anthropicはより踏み込んだ主張をしている。
Claudeはその内部推論の全ログを返す代わりに、「thinking signature(思考シグネチャ)」と呼ばれる参照値のみを返す設計になっている。Anthropicの主張によれば、Moonshotはこのシグネチャを保存した上で、新しいセッションを開いてClaudeに元の推論を再構成させるという手法を取った。Anthropicはこれを「クロスセッションリプレイ攻撃」と呼んでいる。
この手法を使って、2026年5月〜7月の間に2,300万件以上の"蒸留(distillation)"交換データをMoonshotに帰属するとAnthropicは報告している。なお、「蒸留」(distillation)とは、より高性能なモデルの出力例を使って小規模・低性能なモデルを訓練する標準的な開発手法だ。Anthropicが問題視しているのは手法そのものではなく、不正アカウントと利用規約・地域制限違反を通じた産業規模での実行である。
Moonshotへの疑惑はこれが初めてではない。Anthropicは**2月23日の開示文書**でも、Moonshot・DeepSeek・MiniMaxの3社が約2万4,000のアカウントを通じて1,600万件超のClaude交換データを取得したと名指しで告発していた。その際、MoonshotへのアトリビューションはMoonshotの上級社員の公開プロフィールと一致するリクエストメタデータを根拠にしたという。
ユーザーが知らぬ間に——機密データがAnthropicに渡っていた可能性
今回の告発で特に深刻なのは、転送されたプロンプトにユーザーの機密情報が含まれていたという点だ。
Anthropicのレポートによれば、以下のような事例が確認されたという。
- 中国人民解放軍に関係すると見られるユーザーが、成都市内の数百台のカメラからの監視データを送信していた
- 中国の国有企業に勤めるユーザーが、複数社の内部コードと稼働中のクレデンシャル(認証情報)を送信していた
Kimiを選んだユーザーは、Moonshotのプライバシーポリシーの下でデータが処理されると理解していたはずだ。しかし実際には、そのプロンプトが米国企業のAPIを経由しており、なおかつMoonshotがその交換ログの少なくとも一部を保持していたとAnthropicは主張している。
Moonshot創業者・楊植麟(Yang Zhilin)への視線
Moonshotの創業者である楊植麟はカーネギーメロン大学のPhDホルダーで、Transformerベースの言語モデル研究で影響力を持つXLNet論文の共著者でもある。2023年にMoonshotを創業し、同社のKimiモデルは2.8兆パラメータ、100万トークンのコンテキストウィンドウを持つマルチモーダルシステム(Kimi K3)として、米国フロンティアラボへの対抗馬として注目されてきた。
Anthropicの告発が事実であれば、Kimiのブランドの根幹が揺らぐ。「米国モデルと競合できる独自モデルをオープンかつ低コストで提供する」というKimiの訴求は、「実際に回答しているのは誰のモデルか」という問いに直面することになる。
一方、中国政府は全面否定
今回の告発は、米国による中国AIモデル開発者への規制圧力が強まる中で出てきた。FBI・NSA・CISAが連名で9月初旬に発出した勧告では、Moonshotを含む複数の中国AI企業が米国モデルへの産業規模の蒸留攻撃を行っていると指摘している。これに対し中国商務省は、これらの主張を「根拠のないもの」として退け、「蒸留は業界共通の慣行」と反論した。
Anthropicは今回の調査における当事者であり、アトリビューションの根拠となるローデータ(生ログ)はレポートに含まれていない。また、どのKimiサービスがどの割合でリクエストを転送していたかの詳細も公開されていない。ただし、アカウント数・10日間のサンプル・対象モデルクラス・推論トレースの再構成手法といった具体的な運用上の主張は含まれており、告発の構造的な非対称性を念頭に置きつつ読む必要がある。
詳細はAnthropic says Moonshot secretly served Claude answers through Kimiを参照していただきたい。