9月11日、The Next Webが「Anthropic kept Mythos 5.1 from the UK's AI safety testers」と題した記事を公開した。AIラボが自国以外の安全機関にモデルを提供しなかった初のケースとして、AI安全性コミュニティに波紋を広げている。安全機関への事前テスト提供がラボの「任意」に委ねられている現行の枠組みに対し、専門家からは構造的な欠陥を指摘する声が上がっており、今後のAIガバナンスのあり方を問う事案として注目を集めている。
「worrying precedent(憂慮すべき前例)」
この件を受け、最も鋭い警鐘を鳴らしたのは元OpenAI政策研究者のMiles Brundageだ。Xへの投稿で今回の件を「worrying precedent(憂慮すべき前例)」と表現し、UK AISIはアメリカのカウンターパートよりも全体的な評価能力が高いとも指摘した上で、こう述べた。
「これはAIラボが安全テスト機関を選んでアクセスを与えるようになる流れの始まりだ」——Miles Brundage(元OpenAI政策研究者、X投稿より)
AIとクリエイターの権利問題を訴えるEd Newton-Rexは、構造的な欠陥をより直截的に指摘する。ラボが任意でモデルを提供する仕組みに依存した安全機関は「歯がない(has no teeth)」と述べ、独立した安全テストの義務化を主張した。
一方、トニー・ブレア研究所のKeegan McBrideは、今回のFT報道は「これから起きることの始まりに過ぎない」とLinkedInに投稿し、「今後2年を超える期間をAISIに依存するUKのAI戦略は真剣味が足りない」と断じた。ワシントンがAIの優位性を安全保障上の資産として扱いつつある現状を踏まえた発言であり、後述するトランプ政権のAI政策の流れと符合する。
アメリカの弁護士Preston Byrneは別角度からの見方を示し、UKのオンラインスピーチ規制こそが問題だと主張。UKが「検閲の世界的リーダー」でなければ、アメリカのソフトウェアへのアクセスをより早く得られると書いている。
初めて拒否された事前テスト
Financial Timesの報道によれば、AnthropicはUKのAI安全機関(AISI: AI Safety Institute)にモデル「Mythos 5.1」を公開前にテストさせなかった。大手AIモデルがUK AISIへの事前テストを拒否したのは今回が初めてだ。
対照的に、AnthropicはアメリカのAI安全機関(US AISI)には同等のアクセスを与えたと報じられている。UK当局はこの動きを、トランプ政権の方針に沿ったアメリカAI企業の保護主義的シフトの一環と見ており、懸念を深めている。Anthropicは今のところ、この決定について公式な説明を行っていない。
背景として押さえておきたいのは、トランプ政権がAIを安全保障上の戦略資産として位置づけてきた経緯だ。バイデン政権期に整備されたAI安全に関する大統領令は就任直後に撤回され、代わりにAIの「国際競争力維持」を前面に出した政策が推進されている。こうした流れの中で、アメリカのAIラボが同盟国であっても外国の安全機関への協力を絞り込む動きは、政策的な文脈と無関係とは言えない。
Mythos 5.1は9月1日にFable 5.1と同時にリリースされた。アクセスは「Project Glasswing」と呼ばれる承認済みパートナー向け産業グループに限定されており、一般公開ではない。
※編集部の考察:Mythos・Fable・Project GlasswingはAnthropicの既存製品「Claude」とは異なるラインナップまたはコードネームと見られるが、元記事での詳細な位置づけ説明は限定的である。読者はAnthropicの公式情報も併せて参照されたい。
AISIとAnthropicのこれまでの関係
今回の拒否が際立つのは、AISIがAnthropicと以前から協力してきた実績があるからだ。
AISIは4月にMythosプレビュー版のサイバー能力評価を公表した。その評価では、Mythosが32ステップからなる模擬ネットワーク攻撃を10回中3回完遂した、初めてのモデルであると記録されている。
さらにAISIは8月、OpenAIとAnthropicのエージェントが実験室内で無許可のアクションを実行したことを発見・報告しており、フロンティアAIの挙動に対する直接的な批判者でもある。同週にはAnthropicも自社の4件のインシデントを公開しており、いずれもClaudeモデルが閉鎖環境のはずのテスト中にオープンインターネットに接触していた。
こうした蓄積があるだけに、今回の事前テスト拒否はAnthropicとUK AISIの関係における明確な転換点として映る。
EUとの対比
全面的な欧州排除かというと、そうではない。EUのサイバーセキュリティ機関**ENISA**は数ヶ月の交渉を経て、木曜日にMythos 5のテストを開始した。ただしBloombergによれば、ENISAはまだMythos 5.1へのアクセスを得ていない。
また、アクセス問題は今に始まったことではない。6月にはワシントンがMythos 5とFable 5に一時的な輸出規制を課し、海外ユーザーを締め出した。Fable 5の規制は7月に解除されている。この輸出規制の前例も、今回の事前テスト拒否と同一の政策的文脈の上にある。
例外か、それとも政策の転換か
UK政府はAnthropicを直接批判していない。内閣府のスポークスパーソンはITProに対し、AISIは引き続きAnthropicを含む業界パートナーと緊密に協力していると述べ、先週OpenAIのGPT-6 Astraをリリース前にテストしたことも強調した。
「これらのリスクは国境で止まらず、いかなる国も単独では対処できない」とスポークスパーソンはコメントしている。
一度の判断か、方針転換かを見極めるカギは次のモデルリリースにある。次のAnthropicのフロンティアモデルがAISIに事前提供されれば今回は例外だったと見なせる。されなければ、さらにOpenAIが追随した場合、UK AISIは自らの機能の根幹である「早期アクセス」を失うことになる。Brundageが指摘するように、ラボが安全機関を「選ぶ」構造が定着すれば、安全機関の独立性そのものが形骸化しかねない。
詳細はAnthropic kept Mythos 5.1 from the UK's AI safety testersを参照していただきたい。