9月9日、The Decoderが「Deepmind's AlphaGenome Atlas maps every possible DNA change in the human genome」と題した記事を公開した。ヒトゲノム上で起こりうる90億通り全ての塩基変異の影響を事前計算し、総容量1ペタバイトという前例のない規模で公開したデータセット「AlphaGenome Atlas」——DeepMindが今回発表したこのデータベースは、タンパク質構造データベースAlphaFoldの30倍以上の規模を誇り、希少疾患の診断から大規模な集団ゲノム研究まで、幅広い応用が期待されている。
1ペタバイトのゲノム予測データセット
AlphaGenome Atlasは、2025年に発表されたAIモデルAlphaGenomeをベースに構築されている。AlphaGenomeは100万文字分のDNA配列を読み込み、遺伝子の発現強度、調節タンパク質の結合可否、転写産物のスプライシング(遺伝子の読み取り後にRNA配列を編集するプロセス)を予測するモデルだ。
従来はこのモデルに変異を1件ずつ問い合わせる必要があったが、Atlasではその結果が事前に計算済みで提供される。ヒトゲノム上で起こりうる90億通りの塩基変異それぞれに対し、数百種類の細胞・組織にまたがる分子プロセスへの影響が予測されており、1変異あたり平均約2万7,000個の予測値が付与されている。
データセットの総容量は1ペタバイト。同じくDeepMindが公開しているタンパク質構造データベースAlphaFoldの30倍以上の規模だ。
このデータが特に重要なのは、ゲノムの約98%を占める非コード領域(タンパク質の設計図を持たない領域)に関してだ。この領域は遺伝子のスイッチやダイヤルのような役割を果たし、どの組織でいつ遺伝子が働くかを制御する。疾患に関連する変異の多くはここに存在するが、これまでその影響は読み解くのが困難だった。
2万7,000個の予測値を1つのスコアに集約する「AVI」
変異ごとに数万の予測値があっても、日常的な研究では扱いにくい。そこでDeepMindはAlphaGenome Variant Impact Score(AVI)を開発した。
AVIは小規模なニューラルネットワークで構成されており、AlphaGenomeの予測値にタンパク質変異モデルAlphaMissense、および何百万年もの進化を経てもDNA配列がどれだけ保存されてきたかを示す2つの指標を組み合わせ、18個の入力特徴量から単一スコアを出力する。既存の代表的なベンチマークツール「CADD」が150以上の特徴量を使うのに対し、大幅にシンプルだ。
学習には工夫が必要だった。ほとんどの変異について「有害かどうか」は確定していないため、集団内で非常に稀な変異は有害な可能性が高く、一般的な変異は無害の可能性が高いとして間接的に学習させている。それでも論文によれば、臨床的に分類済みの変異を使ったテストでは、特に非コード領域においてAVIは既存ツールを上回った。
てんかん患者の診断で実証された実用性
GREGoRコンソーシアム(未解決の希少疾患を研究する国際プロジェクト)での事例が、実際の効果を示す。ゲノム解析を受けたにもかかわらず診断がつかなかった重篤なてんかん患者の子どもについて、AVIは遺伝子DNM1における変異を候補リストの上位に浮上させた。
AlphaGenomeはさらに作用機序まで特定した。問題の変異は遺伝子転写産物の処理中に誤ったスプライス部位を生成し、タンパク質を13アミノ酸分だけ長くする。ただしこれは脳でのみ発現する遺伝子バリアントに限った話であり、血液検体を使った従来の検査では何も見つからなかった理由がここにある。
その後の実験室での確認でも予測が裏付けられ、研究者らはこの変異を「疾患原因の可能性が高い」と分類することを推奨している。コンソーシアムが解決済みの症例を振り返ったところ、AVIは因果変異を上位50候補内にランクインさせた割合が**29.5%だったのに対し、CADDでは12.5%**にとどまった。
集団ゲノム研究への応用と限界
AtlasはUK Biobankの5万4,000人以上のゲノムデータを活用した集団研究にも貢献している。エクセター大学のGareth Hawkesは、同様の作用が予測される変異のみをグループ化してフィルタリングすることで、従来の手法より22%多く、非コード変異と血中タンパク質レベルとの関連を検出した。
また予測データから、調節タンパク質が結合する反復的な短いDNA配列パターン(いわばゲノムの「単語」)が2,601個導出されている。
一方でDeepMind自身も限界を明示している。AtlasとAVIはあくまで研究ツールであり、診断における証拠チェーンの一つに過ぎないと述べている。全ての細胞タイプに対応しているわけではなく、他の調節タンパク質の量を介した間接的な効果も捉えられない。
AtlasはWebポータル、API(GitHub)、およびGoogle Antigravity(GoogleがAI・科学研究向けに提供するクラウドプラットフォーム)のスキルとして非商用利用向けに公開されている。商用版はGoogle Cloudを通じて提供される予定だ。
詳細はDeepmind's AlphaGenome Atlas maps every possible DNA change in the human genomeを参照していただきたい。