9月9日、The Next Webが「Analog Devices will pay $1.35bn for edge AI chipmaker Alif Semiconductor」と題した記事を公開した。アナログ半導体大手のAnalog Devicesがエッジ向けAIチップメーカーのAlif Semiconductorを13億5000万ドル(約1350億円、1ドル≒100円換算)で買収することで合意したというニュースだ。
データセンターとは逆方向のAI投資
今週、インドネシアで1ギガワット規模のデータセンター建設に向けて銀行コンソーシアムが31億ドルをNvidiaハードウェア担保で融資し、Googleはフィンランドのデータセンターへ130億ユーロを投じることをコミットした(22年間の原子力発電協定付き)。それと同じ週に、Analog Devicesはその真逆のターゲットに13億5000万ドルを投じた。
Alif Semiconductorが作るのは、ドアベルや補聴器のような機器の中でニューラルネットワークを動かすマイクロコントローラだ。クラウドにデータを送らず、デバイス上で推論を完結させる。市場の単位は「メガワット」ではなく「数十億個」である。
Alifのアーキテクチャ:後付けではなく設計思想
AlifはカリフォルニアのPleasantonを拠点とし、「フュージョンプロセッサ」と称する製品群(EnsembleおよびBallettoファミリー)を展開している。
その特徴は、低消費電力のニューラルプロセッシングユニット(NPU)を、接続性・電力管理と同一ダイに統合していることだ。センサーが検知した内容を分類する際、より大きなプロセッサを起動することも無線リンクを開くことも不要になる。
Alifの共同創業者でプレジデントのReza Kazerounian氏は、このヘテロジニアスアーキテクチャ(異種混載アーキテクチャ)が最初からその前提で設計されたものだと強調している。汎用マイクロコントローラに後からアクセラレータを追加したものではなく、「モデルが常に動いている」という前提でシリコン自体を設計している、という点がセールスポイントだ。すでにコンシューマ向け・産業向け顧客で量産が始まっている。
「決定論的」という要件がエッジ推論を必然にする
Analog DevicesのCEO兼会長であるVincent Roche氏は、このシフトを「embodied and deterministic(体現された、決定論的な)」と表現した。
「AIはデータセンターから物理世界へと移行しつつある。そこでは、レイテンシ・消費電力・信頼性は妥協できない」
— Vincent Roche, Analog Devices CEO
「決定論的(deterministic)」という言葉は技術的な意味を持つ。工場の安全システムや医療機器は、「通常40ミリ秒以内に返ってくる」では不十分で、「常に決められた時間内に返ってくる」ことが必要だ。ネットワーク経由の通信は、コストをかけてもその保証を提供できない。プライバシーや帯域コストよりも、このリアルタイム性の要件こそがデバイス上推論を強制する最大の理由だ、と記事は指摘している。
50年の産業顧客基盤を持つアナログ半導体企業が、クラウドプロバイダではなく自然な買い手になる理由もここにある。
買収額の妥当性と未開示の情報
マイクロコントローラ単体の販売価格は数ドル程度であり、そのような市場の企業に13億5000万ドルを払うのは一見高額に映る。ただし、エンドポイントの数が膨大であり、そのほぼすべてがサーバへのラウンドトリップを許容できない、という文脈でこの価格は成立している。
買収額の構造は現金13億5000万ドル+業績連動で最大2億ドル。価値の約5分の1をパフォーマンス条件付きで留保するこの構造は、「技術は信じるが、市場がまだ形成途上であるため量産実績を見てから払う」というAnalog Devicesの姿勢を示している。Alifの売上高は非公開であるため、買収倍率は不明のままだ。
同時進行するもう一つの買収:Empower Semiconductorも対象に
この買収はAnalog Devicesによる単発の動きではない。同社は別途、AIシステム向けの高密度電力供給チップを手がけるEmpower Semiconductorの買収にも合意している。買収条件(金額等)は現時点では非公開だ。一方はAIハードウェアへの電力供給、もう一方はAIの推論処理、という2つの穴を同時に埋める動きとして、両案件は一体で理解する必要がある。
こうした買収の連鎖は、Analog Devicesに限った話ではない。QualcommはエッジAI向け開発プラットフォームのEdge Impulseを買収し、Samsungはエッジ向けAIチップのAxelera AIを支援している。またNvidiaはKoreaの推論チップ企業Rebellionsとの交渉中とも報じられており、推論向けシリコンが業界全体で集約されつつある局面にある。こうした流れを踏まえると、今回のAnalog Devicesの動きは業界トレンドの一端を担うものであり、孤立した出来事ではないことがわかる。
Analog Devicesは直近の会計年度で110億ドル超の売上高を報告しており、自社ロードマップのギャップを「作るより買う」で埋めている格好だ。本買収は米国の独占禁止法審査などの通常の条件をクリアした上で、今年末までのクローズが見込まれている。
詳細はAnalog Devices will pay $1.35bn for edge AI chipmaker Alif Semiconductorを参照していただきたい。