9月9日、Derek B. Johnsonが「Feds accuse China of 'systematic' distillation of U.S. AI models」と題した記事を公開した。NSA・CISA・FBIが連名で、中国AI企業による米国フロンティアAIモデルの組織的な知識蒸留(ナレッジディスティレーション)を告発した共同勧告の内容を報じている。
三機関連名の共同サイバーセキュリティ勧告
米政府は2026年9月8日付の共同サイバーセキュリティ勧告において、中国AI企業が米国フロンティアAIモデルから能力を「組織的・産業規模」で抽出していると断定した。
勧告の核心となる主張は以下だ。
「中国のAI企業は、産業規模の知識蒸留キャンペーンを通じて、米国AIモデルの独自機能・能力を組織的に抽出している。これは彼らのAI開発戦略の補足的手段ではなく、中核そのものだ」
名指しされた企業はDeepSeek、Moonshot AI、Alibaba、MiniMax、StepFun、Z.AI。これらの企業が少なくとも2024年末以降、AnthropicのClaude、OpenAIのChatGPT、Google Gemini、xAIのGrokに対して、数百万件ものリクエストを通じて数十億トークン規模のやり取りを行ったとされる。
具体的な手口:DeepSeekとMoonshot AIの事例
勧告が最も詳しく記述しているのがDeepSeekとMoonshot AIの事例だ。
DeepSeekの場合、同社モデルの合成トレーニングデータ生成のために、Claudeの4バージョン、Geminiの2バージョン、ChatGPTの5バージョン、Grok 4を蒸留したとされる(元記事ではDeepSeekのモデル名として「R1およびR3」と表記されているが、一般に知られるR1/R2系統との関係は元記事の原文表記に従った)。獲得した能力はエージェント動作、Q&A最適化、創作・業務文書生成など。
Moonshot AIの場合、KimiシリーズのモデルKimi-K2およびKimi K3の訓練のために18種類もの米国モデルを蒸留したとされる。対象には元記事が「Fable 5」と記述するAnthropicのモデルも含まれており(元記事の原文表記に従う)、エージェント推論、コーディング、データ分析、コンピュータビジョン、視覚処理などの能力を抽出することを目的としたクエリが大量に送信された。
検出回避の手法
勧告は、中国企業が検出を回避するために用いた手法も列挙している。
- リクエストを複数アカウント・複数モデル・複数プラットフォームに分散
- ネイティブAPI、リモートクラウドプロバイダー、サードパーティアグリゲーターを使いメタデータを隠蔽
- プロキシやグレーマーケットを経由して地理的制限・利用規約・ガードレールを迂回
これらは組み合わせて使われており、単純なレート制限やIPブロックでは対応が難しい構造になっている。
「蒸留」自体は合法的な技術だが…
**知識蒸留(Knowledge Distillation)**とは、大規模モデルの出力を教師データとして小規模モデルを訓練する手法で、AI研究・開発の現場で広く使われている正当な技術だ。オープンソースコミュニティでも、モデルの重みの共有や他モデルからの蒸留は一般的に行われている。
勧告もこの点を認めたうえで、今回問題としているのは「攻撃的・悪意ある・標的を絞った産業規模の蒸留活動」であると線引きしている。蒸留そのものが違法行為というわけではなく、対象モデルの利用規約への違反や、組織的・隠蔽的な大規模実施が問題視されているという点は理解しておく必要がある。
ただし、この告発には皮肉な側面もある。告発対象の米国AI企業自身が、著作権・商標を持つコンテンツで訓練したとして、アーティスト、著作者、メディア企業から訴訟を受けている立場でもあるからだ。
背景:米中AI覇権競争と業界への影響
今回の勧告は突然出てきたものではない。2026年6月、ホワイトハウスの科学技術政策局(OSTP)長官Michael Kratsiosが、Moonshot AIによる蒸留について類似の告発を行い、ガードレール回避のための「洗練されたシステム」についても言及していた。
より広い文脈で見れば、今回の勧告はAI分野における米中の覇権競争が、モデル性能そのものだけでなく「いかに能力を獲得するか」というプロセスの正当性をめぐる争いへと発展しつつあることを示している。米国側は自国フロンティアモデルの優位性を保つために莫大な投資を続けており、その成果が組織的な蒸留によって低コストで転用されているとの危機感が、今回の安全保障機関主導の勧告につながったと見ることができる。
業界実務への影響も無視できない。OpenAI・Anthropic・Googleといった主要プロバイダーはすでにAPIの利用規約において蒸留目的の利用を明示的に禁止しているが、今回の勧告を受けて、技術的な検出手段の強化や利用規約の一層の厳格化・執行強化が進む可能性がある。勧告自体も「産業規模の蒸留への対処には、米政府・民間産業・同盟国にまたがる情報共有を含む協調的な対応が必要だ」と締めくくっており、業界横断での対策が求められている。
今回はNSA・CISA・FBIという安全保障機関が正式に連名で出したことで、個別企業の問題を超えた中国のAI産業政策そのものへの対応を求める色合いが強い。
詳細はFeds accuse China of 'systematic' distillation of U.S. AI modelsを参照していただきたい。