9月7日、The Next Webが「Insilico says its AI-designed lung drug lowered biological age markers in a 42-patient trial」と題した記事を公開した。AIで設計された肺疾患治療薬が42人の臨床試験において、生物学的年齢マーカーを逆転させたとするInsilico Medicineの研究について詳しく紹介している。
6つの独立したモデルが同じ結論を示した
今回の分析は、Insilico MedicineがNature Biotechnologyに発表したもので、同社がジェネレーティブAIを用いて設計したrentosertib(レントセルチブ)に関するものだ。rentosertibは、特発性肺線維症(IPF)を適応症とするTNIK阻害剤である。
特発性肺線維症は、原因不明の進行性肺の線維化疾患で、既承認薬であるnintedanib(ニンテダニブ)やpirfenidone(ピルフェニドン)は肺機能の低下を「遅らせる」にとどまる。「止める」あるいは「回復させる」薬は現時点で存在しない。
今回の分析は新規試験ではなく、rentosertibのフェーズ2a試験(71人)の二次解析だ。そのうち42人がプロテオーム(タンパク質)プロファイリングに同意し、試験開始時点・2週目・4週目・12週目で血液サンプルを提供した。
測定されたタンパク質は2,841種類。Olinkパネルを用いて定量し、異なるグループが異なる手法で構築した6種類の「加齢時計(ageing clock)」でスコアリングした。参照集団には55,319人分のUK Biobankデータを使用している。
最大の効果が現れたのは4週目、30mg1日2回投与群だった。時系列的な加齢時計では、治療群の患者が対照群より2.7〜3.5歳若いという結果が出た。Insilicoの要約では「おおよそ3〜4年、特定の時計では最大6年」と述べているが、後者は分布の中央値ではなく上限値であることに留意が必要だ。タイトルで「3〜4年」を前面に出しつつ「最大6年」に言及するのはこのためで、数字の幅を一枚めくると「上振れ事例」にとどまる。
この点について、2013年ノーベル化学賞受賞者のMichael Levitt氏は次のように述べた。
「6つの独立したグループによる6つのプロテオームクロックが、同じ42人の患者に適用されて、全て治療群で生物学的年齢が若いという結果を示した。私が確信するのは効果の大きさではなく、この一致だ。これらのモデルは特徴量も学習データも共有していない」
なお、Levitt氏とInsilico Medicineとの利害関係については元記事に記載がなく、現時点では不明だ。
Insilicoが活用するAI創薬基盤「Pharma.AI」
rentosertibはInsilico Medicineが構築したAI創薬プラットフォームPharma.AI(旧称:Pharmacy)から生まれた化合物だ。同プラットフォームは、ターゲット発見モジュール(PandaOmics)・分子生成モジュール(Chemistry42)・臨床試験設計支援(inClinico)の三層構造を持ち、標的探索から候補化合物の生成・最適化までをAIで一貫して処理する。rentosertibはその中でも、生成AIによって「ゼロから設計された」化合物として位置づけられており、既存化合物のスクリーニングではなく新規骨格の設計に踏み込んでいる点がAI創薬の文脈では注目されている。
加齢時計の研究史という観点では、プロテオームベースの加齢時計はDNAメチル化ベースの手法(いわゆるHorvathクロック等)と比較して、介入研究への応用が進んでいる新興領域だ。タンパク質は遺伝子発現の下流に位置するため、薬物投与による短期変化を捉えやすい一方、疾患そのものの影響も受けやすいという二面性を持つ。
「肺が治った」のか「老化が遅れた」のかは判断できない
論文の著者たち自身も問題点を率直に記している。「この研究は、老化の鈍化と治療された肺とをまだ切り分けられない」という点だ。
特発性肺線維症は炎症性疾患であり、その影響が血液タンパク質に現れる。つまり、肺を改善する薬であれば、老化とは無関係に同じバイオマーカーを動かしうる。研究チームはこれに対し、30mg1日2回投与群が加齢関連タンパク質パターンを逆転させた一方、プラセボ群が通常の加齢軌跡をたどったことを示すことで対処しようとしているが、決定的な証拠とは言えない。
加齢時計(プロテオームスコア)自体は実績ある研究ツールだ。大規模集団での死亡率や加齢関連疾患リスクの予測に使われており、臓器特異的なバージョンも同様のコホートで検証されている。ただし、これらは規制当局の承認エンドポイントではない。タンパク質年齢の変化を根拠に薬を承認する規制機関は存在しない。
肺機能の数値と安全性
今回の試験は中国21施設で12週間実施され、主要エンドポイントは安全性だった。全投与群で有害事象の発生率は同程度。60mg1日1回投与群では努力性肺活量(FVC)が98.4ml増加したのに対し、プラセボ群では20.3mlの低下だった。
一方で7人が肝毒性により試験を中止しており、そのうち4人は既存標準治療のnintedanibとの併用例だった。
rentosertibは2025年7月にフェーズ3へ移行した。ここで肺に対する有効性の問いには答えが出るが、老化への影響については答えられない。
オープンソース化されたパイプラインが本質かもしれない
Insilicoはプロテオームデータを中国国家生物情報センターに寄託し、解析パイプラインをオープンソースとして公開した。これにより、論文を書いた当事者以外が主張を検証できる状態になっている。
Insilico Medicineの創業者でCo-CEOのAlex Zhavoronkov博士はこう述べている。
「人類がこれまでの全戦争で失った命より多くのライフタイムが失われている。仮に全員の寿命を3年延ばせれば、健康な期間も大きく延ばせるはずで、生産性と医療費の節約で数兆ドル規模の経済効果になる」
AI創薬はこれまで承認件数より発表件数の方が圧倒的に多い分野だ。その文脈において、データとパイプラインの公開は、生物学的年齢「3〜4年若返り」という数字よりも、むしろ重要な成果と言える。サンプルサイズ42人の生物学的年齢の変化はあくまで仮説であり、今後のフェーズ3試験が真価を問う場になる。
詳細はInsilico says its AI-designed lung drug lowered biological age markers in a 42-patient trialを参照していただきたい。