9月3日、Rest of Worldが「I refused to train the AI that could replace me」と題した記事を公開した。自分を代替しうるAIのトレーニングを求められた南アフリカの博士研究者が、その仕事を途中で辞退するまでの経緯と葛藤を詳述した内容だ。
AIに面接され、AIに採点基準を渡すことを求められた
記事の筆者は、南アフリカでAIが農業労働を変容させるテーマを研究し、今年博士号を取得した研究者だ。大学教員のポストを探していたところに届いたのは、大学ではなくリクルーターからのオファーだった。内容は、AIシステムに対して「学部生向けの課題設計」「エッセイの採点」「学生への教授法」を教え込む仕事だった。
提示された報酬は時給600ランド(約37ドル)。南アフリカの法定最低賃金が時給30.23ランド(約2ドル)であり、統計局(Stats SA)の2026年第2四半期労働力調査が示す若者失業率が**47.4%**という環境では、断りにくい金額だ。
筆者は面接に応じた。しかしその面接は、人間ではなくAIが45分間行った。面接後、AIは筆者の強みと弱みを記したフィードバックをメールで送信してきた。AIが採用可否を判断し、再試験を勧める——その流れに、筆者は従わず、仕事の追求をやめた。
「知識」ではなく「判断」を渡す仕事
筆者が特に問題視しているのは、このAIトレーニング仕事の性質だ。
ケニアやナイジェリアなどで長年行われてきたデータラベリングやデータアノテーションの仕事とは、求められるものが根本的に異なる。筆者が求められたのは、何千時間もの教育経験から培った「判断力」そのものだった。
「あるエッセイが60点ではなく75点になる理由」「暗記と真の理解の違い」——そうした判断をAIに学ばせることを求められた。AIは私が知っていることを学ぶだけでなく、私がどう決定するかを学ぶのだ。
弁護士の法的判断、医師の臨床判断、教師の教育的判断——こうした専門職の裁量は、文脈を解釈する能力に依存するため、自動化が難しいとされてきた。この「判断力の移転」こそが筆者の葛藤の核心であり、従来型のラベリング作業との決定的な違いだ。だからこそ今、Outlier、Mercor、SurgeといったAIプラットフォームが医師・弁護士・エンジニアを積極的に採用している。専門職の知識体系ではなく、その判断プロセス自体を機械に内面化させることが目的だからだ。
インドの溶接工と博士研究者が「同じ仕事」をしている
記事が指摘する構造的な問題は、個人の話にとどまらない。
インドでは、廃棄物仕分け作業員や溶接工がヘッドマウントカメラで日常作業を撮影し、時給250ルピー(約2.60ドル)で提供している。そのデータはヒューマノイドロボットの訓練に使われ、最終的に彼らの仕事を代替する可能性がある。トルコでは翻訳者が、自分を置き換えるAIのトレーニングに雇用されている。
筆者はこう整理する。「廃棄物仕分け作業員と私は報酬が天と地ほど違うが、やっていることは本質的に同じだ——人間の知識と判断を機械に移転する作業だ」。報酬の格差はあれど、構造は同一だという指摘は、この問題が単なる「高度専門職 vs. 単純労働」の二項対立では語れないことを示している。
アフリカは世界で最もAI導入率が低い地域の一つで、大半の国が世界平均18%を下回る(※この数字はRest of World記事が引用した調査統計による)。南アフリカは23%とやや高いものの、若年人口が多く高学歴の専門職が増える一方、雇用機会は乏しい。AI企業にとっては、西洋諸国より低コストで専門知識を調達できる市場であり、その構造が博士研究者をAIトレーナー候補として引き寄せている。
辞退した理由は、自分でもわからない
記事の最も正直な部分は、結末の描写だ。
筆者は「原則として断った」とは言い切れないと述べている。自分の不快感の正体を完全には理解できていないし、問い続けている問いへの答えも持っていない。この曖昧さ自体が、専門職とAIの関係をめぐる問いの難しさを体現している。
「私たちの人格や職業を定義する判断力を機械に渡すとはどういうことか? 私たちはそのシステムに、公正であること、善であること、倫理的であること、文脈を真に認識することを教えているのか?」
この問いは、AIトレーニングに携わるすべての専門職に向けられている。筆者は現在も学術ポストを探し続けており、「AIではなく学生を教える仕事を」という言葉で記事を締めている。
詳細はI refused to train the AI that could replace meを参照していただきたい。