9月7日、The Decoderが「How AI wiped out an entire industry in Nairobi」と題した記事を公開した。ChatGPTの登場がナイロビの「代筆ビジネス」を急速に壊滅させた経緯を、現地の従事者や研究者の声をもとに詳報している。
ナイロビに存在した「代筆産業」
ケニアには、欧米の大学生に代わって論文やレポートを執筆するビジネスが存在していた。顧客は米国や英国の大学に在籍する学生で、医学・コンピュータサイエンス・工学などの課題を依頼していた。場合によっては、依頼者の大学アカウントにログインして提出まで行うケースもあったという(New York Timesの報道より)。
ピーク時、ナイロビだけで少なくとも4万人がこの産業に従事していたと研究者は推計している。
代表的な事例として記事が紹介するのが、Teresios Bundi氏(34歳)だ。12年間で2,500本以上の論文を執筆し、1本あたり40〜70ドルを受け取っていた。
ChatGPT登場で価格と受注が崩壊
2022年にChatGPTがリリースされると、状況は急変した。 代筆の価格は下落し、受注件数も激減。ケニア国内の他のギグワーク、たとえば文字起こし・データアノテーション・Metaのコンテンツモデレーション業務も同様に縮小した。
ケニア政府は2016年頃からオンラインのギグワークを積極的に推進しており、Samasource(現Sama)のような企業がAIのデータラベリング業務を担ってきた背景がある。国内の雇用の約80%がインフォーマルセクター(正規雇用以外の非公式な就労形態)であるため、こうした仕事の消滅は生活直結の打撃となった。
残ったのは「AI文章の人間化」業者
崩壊した代筆産業の残滓として、現在も細々と続いているのが「ヒューマナイザー(humanizer)」と呼ばれる業者だ。AIが生成したテキストを、Turnitinなどの剽窃検出・AI検出ツールをかいくぐれるよう書き直す仕事で、いわばAIが生んだ需要にAIへの対策で応じる皮肉な構造である。ただし、こうした需要も検出技術の高度化とともに先細りする可能性が高く、持続性には疑問符がつく。
「エンジニアにも来る」
オックスフォード大学のMark Graham教授は、同様の混乱が世界規模で起きると予測している。
Bundi氏はこう警告する。
「AIは銀行員にも、会計士にも、エンジニアにも来る。建築家にも来る。全員に来る」
元記事での原文は "It will come"(来るだろう)という表現であり、特定の職種への代替を断言したものではなく、広く変化の波が及びうると述べたものだ。この発言は、ケニア固有の問題としてではなく、先進国の知識労働者にも直接刺さる言葉として記事の締めに置かれている。
なぜこれがエンジニアに関係するのか
代筆産業の崩壊は、「AIに代替されやすい仕事」の議論でよく挙がる肉体労働や単純作業ではなく、文章生成・情報整理・専門知識の応用といった知的作業が対象だった点が重要だ。コンピュータサイエンスや工学の論文まで含まれていたことを考えると、テクニカルライティングやドキュメント作成を担うエンジニアにとっても対岸の火事ではない。
ナイロビの事例が示すのは、AIによる職種への影響が「遠い将来の話」ではなく、わずか数年のスパンで産業規模の構造変化を引き起こしうるという現実だ。先進国の知識労働者がこれをどう受け止めるかは、各人のキャリア戦略にも関わる問いとなっている。
詳細はHow AI wiped out an entire industry in Nairobiを参照していただきたい。