9月4日、PYMNTSが「Lawmakers Test the Rules for AI Agents That Move Money」と題した記事を公開した。AIエージェントが人間の指示なしに資金移動を行う時代が現実味を帯びるなか、米議会が直面している核心的な問いは「そのエージェントの背後にいる人物を、法的に特定できるか」という一点だ。9月2日に開かれた米下院金融サービス委員会の公聴会では、AIエージェント・ステーブルコイン・トークン化証券をまたぐ規制の空白をどう埋めるかをめぐり、業界・学術・規制当局の各立場から鋭い議論が交わされた。
「エージェントのアイデンティティ」が焦点に
公聴会に証人として出席したのは、Circle社長のHeath Tarbert、フロリダ銀行協会のKathleen Kraninger、ニューヨーク証券取引所(NYSE)のLynn Martinらだ。
議論の核心をついたのは、民主党のBill Foster下院議員(イリノイ州)の一言だ。
「私のエージェントがあなたのエージェントと話し始めたとき、最初に問われるのは『お前は一体誰だ?』ということだ」
Foster議員は「エージェントのアイデンティティ(agentic identity)は不可欠」と主張し、金融取引を行うエージェントの背後には、法的に追跡可能な実在の人物が必要だと訴えた。
「エージェントのアイデンティティ」とは、AIエージェントが取引を行う際にその主体を一意に識別・検証する仕組みを指す。技術的には、W3C標準の分散型識別子(DID)やVerifiable Credentials(VC)といった既存規格が候補として議論されているが、金融規制の文脈でそれらをKYC(本人確認)・AML(マネーロンダリング対策)要件とどう接続するかは、いまだ標準化されていない。Foster議員の問題提起は、まさにこの制度的空白を突くものだ。
この点は、既存の銀行・決済インフラにとって追い風となる。銀行はすでに本人確認済みの顧客情報・口座・取引履歴・不正検知の仕組みを持ち、決済ネットワークは認証済み資格情報を数百万の加盟店と接続している。エージェント型商取引は、ステーブルコインが別の決済手段を提供するとしても、既存の口座・カード基盤の上に構築できるという見方だ。
CircleのTarbert「AIはアクセラレーター」
CircleのHeath Tarbertは、金融システムの変化をインフラの観点から説明した。
「デジタル資産によって、金融システムの配管(plumbing)が変わりつつある」と述べ、Circleが「インターネット金融システム」と呼ぶ構想を説明した。さらに踏み込んで、「AIはそのアクセラレーターだ」と語った。
「ソフトウェアエージェントは、人間や企業に代わって取引を行う。夜も、週末も、祝日も止まらない。高速で、プログラム可能で、常時稼働するレール(決済基盤)が必要だ」
共和党のBryan Steil議員(ウィスコンシン州)がステーブルコインをAIエージェントの決済手段として使う場合のリスクを問うと、Tarbertは**GENIUSアクト(ステーブルコイン発行体に対して準備金の保有・外部監査・当局への登録を義務付ける米国の規制法案)のような規制枠組みが「絶対に不可欠」と答えた。規制がなければ、AIエージェントが準備金要件の緩いオフショアのドルステーブルコインを使うリスク、あるいは機械間決済の単位として別の通貨が台頭するリスク**があると指摘した。
Steil議員がさらにAIエージェント間取引を管理する「決済トリガー(settlement triggers)」とスマートコントラクトの整備状況を問うと、Tarbertは「業界はまだ初期段階にある」と述べた。
中小銀行への配慮と「リスクベース規制」の主張
フロリダ銀行協会のKathleen Kraningerは、規制銀行のインフラ側から発言した。銀行がAIを不正検知・与信審査・顧客対応・業務効率化に活用できる余地を確保しつつ、人間による説明責任と、リスクに応じた管理体制を維持すべきだと主張した。
特に問題提起したのが中小銀行への影響だ。大手銀行向けの検証・ガバナンス要件をあらゆるAI活用に一律適用すれば、サードパーティの技術提供者に依存する中小機関にとって、有益なはずの技術が経済的に成り立たなくなると警告した。
「コミュニティバンクに対して、限定的・低リスクのツールのために大手銀行並みの検証インフラを構築することを求めるべきではない」
NYSEとCBDCをめぐる議論
NYSE社長のLynn Martinは、実物資産のトークン化取引・決済プラットフォームの開発を説明した。「トークン化された株式と伝統的な株式は別々の商品ではなく、2つの形式でアクセス可能な単一の証券だ」と述べた。
中央銀行デジタル通貨(CBDC)についても議論が及んだ。TarbertはCBDCとステーブルコインを区別したうえで、連邦議会がFRBによる個人向けCBDCの発行を禁止していると指摘。リテールCBDCはコミュニティバンクを中抜きし、設計次第では政府による個人の金融活動への監視が強まるリスクがあると論じた。
一方、ニュースクール大学の経済学者であり、AFL-CIO(米国最大の労働組合連合)の主席エコノミストも務めるDarrick Hamiltonは、学識者の立場で証言し、異なる視点を示した。AIとデータ技術の企業評価額が高騰している今こそ、「慎重な規制管理と消費者保護を欠くべきではない時期だ」と訴えた。
今回の公聴会は、AIエージェントによる自律的な資金移動という新たな現実に対し、米国の立法・規制の枠組みがどう対応するかを問う場となった。「誰がエージェントの背後にいるか」という問いは、技術的な認証の問題であると同時に、法的責任の帰属という根本的な課題でもある。
詳細はLawmakers Test the Rules for AI Agents That Move Moneyを参照していただきたい。