8月28日、Emanuel Maibergが「The AI 'Ghosts' Contaminating Academic Publishing」と題した記事を公開した。LLMが繰り返し生成する架空の人物名が学術論文の著者として大量に紛れ込んでいる実態を報じており、「著者名の虚偽記載」という単純な問題にとどまらない。架空の著者がDOIを持つ論文として学術データベースに実際に登録され、引用・参照の連鎖に乗り込んでいるとすれば、学術記録の信頼性そのものが静かに侵食されていることになる。
「Elena Vasquez」と「Marcus Chen」は実在しない
サムスンとワルシャワ大学の研究者らが発表したプレプリント論文「The Ghost Couple: Correlated LLM Name Priors and Their Haunting of the Web and Academic Publishing」は、LLMが特定の文脈で繰り返し同じ名前を生成するという既知の現象に着目した。
ChatGPTにソフトウェア開発者を生成させると名前が「Marcus Chen」になりがちだという現象は、ユーザーの間で以前から話題になっていた。同様に、ChatGPT・Gemini・Claudeはフィクション生成時に「Elias Thorne」という灯台守を好んで登場させる傾向がある。
研究者らはさらに踏み込み、これらのAIが名前を単独ではなく「相関したキャラクターセット」として生成することを示した。Elena VasquezとMarcus Chenはセットで登場しやすいが、両者の出現傾向にはモデルごとに差異がある。「Elena Vasquez」はClaudeに特に多く、「Marcus Chen」はChatGPTに多く現れるという。他にも:
- Claudeは「Elena Amara Okafor」
- Geminiは「Aris Thorne」「Lena Petrova」
- ChatGPTは「Elara Voss」
を繰り返し生成する。

出典: The Ghost Couple: Correlated LLM Name Priors and Their Haunting of the Web and Academic Publishing
架空の著者が実際のDOIを持つ論文に乗り込んでいる
問題は「AIが同じ名前を好む」という珍現象にとどまらない。研究者らは学術論文データベースを実際に検索し、これらの架空名が著者として記載された論文の実態を調査した。
CERNが運営する学術リポジトリ「Zenodo」では、1,655件の「ゴースト著者」付き論文が確認された。これらは存在しない学術誌を掲載誌として記載し、公開日を偽装している。Zenodo自体は正当な学術リポジトリであり、研究データや論文の公開・保存を目的とした信頼性の高いプラットフォームだ。しかし今回問題になっているのは、その開放性の悪用である。Zenodoでは無料アカウントさえあれば誰でも実際のDOI(Digital Object Identifier:学術論文を一意に識別するID)を取得できるため、内容の真偽に関わらず形式上は正規の論文として流通してしまう。
DOIを持つ論文は、あらゆる学術情報アグリゲーターに収集される。論文はResearchGate上でも確認され、複数のLLM由来の架空著者が「研究グループ」を形成していた。Google ScholarやSemantic Scholarは検証なしにこれらをインデックスしている。
論文はこの状況を「The academic record is being quietly haunted(学術記録は静かに亡霊に取り憑かれている)」と表現している。
架空人物は学術以外にも侵食している
Elena Vasquezの名前は、学術論文の外でも問題を引き起こしている。
404 Mediaが今月初めに報じた事例では、「100%人間執筆」を謳っていた医療リサーチ企業Research Goldの創業者兼主任方法論者として「Elena Vasquez」が名乗りを上げていた。記事公開後、同社はサイトからこの名前を削除した。
また、今年1月に米国税関・国境取締局(CBP)の手によって死亡したAlex Prettiに関するデマがFacebook上で拡散した際、その虚偽情報の発信者として「エグゼクティブ・ディレクターのDr. Elena Vasquez」が引用されていた。Snopesが事実確認を行い、この人物が実在しないことを確認している。
LLMの「癖」が逆に検出ツールになりうる
研究の主著者であるMichał Brzozowskiは、この名前の一貫性がAIスラム(AI slop:粗悪なAI生成コンテンツを指す俗称)の出所を特定するための手がかりになりうると指摘している。たとえば「Elena Vasquez」はClaude Sonnet 4が生成したコンテンツに特に多く現れるため、この名前が著者として記載された論文はClaude由来の可能性が高いという。
ただしBrzozowskiは、この手法の有効期限に懐疑的だ。AI生成コンテンツがインターネットに溢れ、それが次世代のLLMの学習データに取り込まれていくことで、名前の分布が変化し、モデル固有の特徴が薄れていくと見ている。
学術出版におけるAI問題はすでに各所で対応が始まっている。プレプリントサーバーのarXivは、AI使用に関する開示義務に違反した著者を1年間投稿禁止にするルールを導入済みだ。しかし今回明らかになった「ゴースト著者」問題は、既存のインフラがすでに汚染されていることを示している。
詳細はThe AI 'Ghosts' Contaminating Academic Publishingを参照していただきたい。