8月28日、Los Angeles Timesが「Cheap AI, costly chips: Wall Street hunts for a missing payoff」と題した記事を公開した。※なお本記事はBloombergのバーネット記者による報道をLA Timesが転載したものと見られる。AIの価格が急落する一方でチップコストは上昇を続けるという構造的矛盾と、Wall Streetが「収益化の証拠」を探し続けている現状について詳しく紹介されている。
AIは安くなっている。だが、作るのは高くなっている
ここ10日間の動きだけでも状況は明白だ。「Ox Alpha」と呼ばれるモデルが登場し、フロンティア級の性能を示した。このモデルは開発者・開発組織が一切公表されておらず、素性が不明のまま高い評価を得たことで業界に波紋を呼んでいる。OpenAIは約1カ月で3度目の主力モデルの値下げを実施した。AIの「トークン単価」——つまり言語モデルが1回の処理で使用するトークン(文字・単語の単位)あたりのコスト——を示す指標であるSilicon Data LLM Token Expenditure Index(複数のAIモデルのAPIトークン価格を集計・指数化した業界参照指標)は下落を続けており、知能というプロダクトがリアルタイムで価格を失っている。
問題は、プロダクト側の価格下落と、製造コスト側の価格上昇が同時に起きていることだ。
- Nvidiaの大口顧客は、来年初頭に出荷されるAIチップ搭載サーバーの価格が15%以上引き上げられると通知を受けている(Bloomberg報道)。Nvidia自体は2028年度に売上高が約70%増となる強気な見通しを示している。
- サムスン電子は一部の先端ファウンドリ(受託製造)について新規注文の価格を**最大15%引き上げ、メモリ容量の70%**をデータセンター向けのマルチイヤー契約で確保している。
- SKグループ会長は、2027年にメモリ不足がさらに深刻化すると警告している。
半導体市場は、ファウンドリからメモリまで構造的な供給不足の局面に入りつつある。プロダクトは値崩れし、原材料は配給制で値上がりしている——これが記事で指摘される「算数が逆転した」状態だ。
楽観論の根拠:「量」で取り返せるか
強気派の反論は「ボリューム」だ。AIが安くなれば消費量が増える、という論理である。
実際、数字は力強い。米国企業でAIに課金しているのは約60%に近づいており、支出はあらゆる層で3倍以上に増えている。3大ハイパースケーラー(AWS・Azure・Google Cloud)の合計クラウド収益は直近四半期で約1,060億ドルに達し、前年比40%超の成長だ。
経費管理ツールを提供するRampの調査では、ヘビースペンダー企業のAI支出は月額1人あたり7,400ドルに上る一方、中央値は約12ドル。普及の格差は大きいが、裾野はまだ広い。
「ROIはどこにある?」——919件の決算説明会を分析した研究
だが、ここが核心だ。AI投資の収益化はどこにあるのか。
AI諮問会社Maximandの創業者Milos Maricicによる研究は、生産性向上の証拠が最も出やすいはずの金融業界——テキストと数字で成立するホワイトカラー業務——を対象に調査した。
- 対象:米国上場の大手金融60社、3年間にわたる919件の決算説明会
- AIに言及した決算説明会:5件中4件(80%)
- AIのコストについて言及した説明会:過半数超
- AIによる具体的なドルベースのリターンを数字で示した企業:919件中たった1社(その1社も2回言及しただけで、合計額は約1,900万ドル)
タイトルの「1社だった」という表現について補足しておくと、これは「収益をまったく出せなかった」という意味ではなく、「決算説明会という数字に責任を持つ公式の場で、AIによるリターンを具体的なドル額として開示できた企業が1社しかいなかった」という意味だ。
「AIの導入から3年が経過しているのに、この技術を購入している企業はいまだに収益をドルで示せていない」——Maricic
投資家向けの説明会や報道では華やかな効果が語られるが、決算説明会という「数字に責任を持つ場」に持ち込まれると、定量的な根拠はほぼ消える。
信用市場が先に「疑い」を値付けし始めた
クレジット市場(社債・融資市場)にも変化が出ている。Broadcomは600億ドル超の借入を検討中だと報じられており(Bloomberg)、これは将来のAI需要を担保にした資金調達だ。
ただし、BroadcomのCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)スプレッドは1月比で約80ベーシスポイント拡大しており、しかもその速度は加速中だ。CDSスプレッドとは企業の債務不履行リスクに対する保険コストに相当する指標で、スプレッドが拡大するほど市場が当該企業の信用リスクを高く見積もっていることを意味する。信用市場は株式市場よりも先に懸念を織り込み始めている。
ゴールドマン・サックスの欧州デルタ1トレーディング責任者Rich Privorotskyはこう書いた:
「企業が意図するものすべてを最終的に資金調達できない確率がわずかでもあるなら、答えは追加増資かCapEx削減だ。どちらもより高いバリュエーションに値しない。誰もEPS予想を引き下げず、1ドルも支出を減らすとは言っていない——株式市場は単により広い結果の幅を織り込んでいるだけだ」
推定EPSは上がり続けているのに株価バリュエーションの倍率は縮小している——これは市場が「機械が動くかどうか」の議論から「誰が対価を受け取るか」の議論に移行したサインだ。
整理すると
| 側面 | 現状 |
|---|---|
| AIプロダクト価格 | 急落中(OpenAIは1カ月で3度値下げ) |
| チップ・メモリコスト | 上昇中(サーバー価格15%超の値上げ通知) |
| 導入率・利用量 | 拡大中(企業の約60%がAIに課金) |
| 定量的ROIの証拠 | 919件の決算説明会でほぼ皆無(開示企業は1社のみ) |
| 信用市場の評価 | CDS拡大で懸念を織り込み始め |
記事は「強気シナリオは成立しうる」としつつも、「プロダクトが値崩れし、原材料は値上がりし、借入コストは上昇し、顧客はまだ収益を測れていない——多くの歯車が揃わないといけない」と締めている。
詳細はCheap AI, costly chips: Wall Street hunts for a missing payoffを参照していただきたい。