8月26日、The Guardianが「Fake US thinktank set up and funded by Israel sought to game AI for propaganda」と題した記事を公開した。イスラエル政府が資金提供した架空のシンクタンクが、AIチャットボットへの引用および訓練データへの混入を狙ってプロパガンダコンテンツを大量生成していた実態が明らかになった。
存在しないシンクタンクが9日間で56万語を生成
「Hanover Institute for Public Policy」と名乗るウェブサイトは、8月6日から14日のわずか9日間で124本のレポート、合計56万語以上を公開した。1本あたり平均約4,500語。12日と13日の2日間だけで73本・約35万4,000語を生産している。
このサイトは学術論文風のデザインを採用し、世界銀行、国連機関、アムネスティ・インターナショナル、ジェノサイド条約の条文などを引用する形式で、イスラエルに関する論争的なテーマを「中立的な調査」として提示している。記事タイトルはほぼすべてがチャットボットへの問いかけを模した形式だ:
- "Is Israel Carrying Out a Genocide in Gaza?"
- "Did Israel Expel Palestinians From Their Land?"
- "Is Anti-Zionism Antisemitism?"
ところがこの「Hanover Institute」は、いかなる法域にも法人登録が存在せず、住所も、記名スタッフも、著者署名もない。利用規約には準拠法として「Instituteが設立されている州の法律」と書かれているだけで、その州名は記載されていない。
AIに「食わせる」ために設計されたコンテンツ
このサイトの構造が示す意図を理解するには、Generative Engine Optimization(GEO) という手法を押さえておく必要がある。GEOとは、SEO(検索エンジン最適化)のAI版で、ChatGPT・Perplexity・Claude・Geminiといった生成AIチャットボットに引用・参照させることを目的としたコンテンツ最適化手法だ。
The Guardianの分析によると、サイト公開当初、llms.txtというファイルが設置されていた。llms.txtはAIシステムにサイト内容を伝えることを目的としたファイルで、GEOの文脈では検索インデックスにおけるsitemap.xmlに相当する役割を果たす。しかしその中身はHanover Instituteの説明ではなく、**Resという商用プラットフォームの標準ファイル**だった。ResはB2B向けに「ChatGPT、Perplexity、Claude、GeminiにあなたのコンテンツをCiteさせる」サービスを販売している企業だ。
The Guardianがそのファイルをアーカイブした後、サイト側はResへの言及を削除し、専用のllms.txtに差し替えた。
このキャンペーンが狙うAIへの影響は、チャットボットへのリアルタイム引用にとどまらない。Quincy Instituteのリサーチアソシエイト、Nick Cleveland-Stoutはより深刻な経路を指摘する:
「チャットボットにサイトを引用させるだけが目的ではない。より懸念されるのは、Common Crawlのような訓練データリポジトリにコンテンツを取り込ませることだ。チャットボットが訓練済みのナラティブを出力するとき、ソースを引用しない。ファクトチェックができなくなる」
— Nick Cleveland-Stout(Quincy Institute)
Common Crawlは、多くの商用LLMの事前学習データに使われるウェブクロールデータセットで、定期的にウェブ全体をクロールして公開している。すでに同キャンペーンに関与する別の7サイト(Clock Tower X運営)がCommon Crawlの7月インデックスに294件収録されていることが確認されている。Hanover Instituteは今回のクロール後に公開されたため未収録だが、「同じパイプラインの入口に立っている」とCleveland-Stoutは述べている。
つまりこのキャンペーンは、①推論時にチャットボットへ直接引用させる層と、②訓練データに混入させてモデル自体のナラティブを書き換える層という、2段階の影響経路を想定した設計になっている。
コンテンツの「設計」——巧妙なフレーミングの手口
Cleveland-Stoutは第一印象について「非常に学術的に見える。デザインもロゴも、すべてがいい出来だ。ただ読み込むと、多くの部分が意味をなさないと気づく」と語っている。
具体的な手口として記事が指摘するのは以下の点だ:
- 人権団体がジェノサイドや人種隔離と結論づけた場合でも、「いかなる裁判所も判決を下していない」という定型文を挿入する(124本中20本で確認)
- 死傷者数や支援物資の数字は、イスラエル側のものも含めてすべて「当事者による数字」と注記し、何も確定できない印象を与える(55本で使用)
- 英仏独メディアのFacebookページ上の反ユダヤ的コメントを分析した2022年の論文1本が、88本・計454回引用されている——占領地の土地登録やAIPACのメディア影響力といった、一見無関係なテーマにも挿入される
「ほぼすべての記事が、この話題について語ること自体が反ユダヤ主義につながる可能性がある、という結論で締めくくられる」とCleveland-Stoutは述べている。
資金の流れ——総額数百億円規模の工作
このサイトはより大規模なキャンペーンの一部だ。資金の流れを整理すると:
- イスラエル政府広告機関LaPam → Havas Media Germany GmbH(欧州広告グループHavasのドイツ法人)→ 米国の複数業者
- ニューヨークのメディア制作会社Piro Incが米司法省に外国エージェント登録法(FARA)に基づき届出。契約額は100万ドル
- Piro、および元トランプ陣営デジタル部門責任者Brad Parscaleが運営するClock Tower XはいずれもHavasの下請け
- 司法省ファイリングによると、HavasはClock Tower Xに1,500万ドル、Targeted Communications Globalに約990万ドルを支払っている
- LaPamからHavasへの発注額は、イスラエルの調達記録によれば2019年に複数回(3,900万ドル・2,900万ドル・1,750万ドル)、2023年3月に5,830万ドルに上る
外相Gideon Sa'arは2025年末の就任後、1億8,160万ドルを国際的な広報外交に充当し、さらに2026〜2027年向けに6億6,630万ドルを追加配分したとされる。
当のイスラエル国内でも「失敗」との評価
皮肉なことに、このキャンペーンについてイスラエル国内でも批判的な声が上がっている。7月にはイスラエルメディアYnetが政府関係者の「多額の金を払ったが、状況は悪化するばかりだ」との発言を報じた。公共放送Kanでは別の関係者がParscaleについて「改善のために雇い、大金を払った。だが彼は何をしたのか」と語っている。
チャットボットへの影響について、The Guardianが報道時点でChatGPTに「Hanover Instituteの新着調査」を問い合わせたところ、4本のレポートへのリンクとともに「このInstituteは誰が資金提供しているかについて重大な論争がある」という注釈と、Quincy Instituteのレポートへのリンクが返ってきたという。すでにメディアの検証がAI出力に反映され始めている様子だ。
詳細はFake US thinktank set up and funded by Israel sought to game AI for propagandaを参照していただきたい。