8月27日、Anthropicが「Enabling independent research on how people use Claude」と題した記事を公開した。外部研究者がClaudeの実際の利用データにアクセスして独立した研究を行えるようにするパイロットプログラムの実施内容と結果を詳しく紹介している。「AIは責任の軽い作業だけを任される」という従来の想定に反して、会話の半数以上で法律・金融など取り消しの難しい高リスク作業が委任されていた——企業にとって都合の悪い知見でも公表できる仕組みを、Anthropicはなぜ用意したのか。
AIの実利用データを外部研究者に開放
AIの実利用データは現在、一握りの企業に集中している。外部研究者が頼れる情報源は、企業が公開した分析か、公開データセットかのどちらかだ。前者は企業側の問いに答えるものであり、後者はカジュアルな使い方に偏っていてAIの実態を反映しにくい。どちらも独立した研究には不十分だという課題があった。
そこでAnthropicは今春、外部研究機関3団体を招き、自社のプライバシー保護分析ツール「Anthropic Insights」を通じてClaude利用データの研究を試験的に実施した。各団体は独自の研究設計を行い、2026年4〜5月のClaude.aiおよびClaude Codeの会話約25万件を対象に分析した。Anthropicはデータ収集を代行したが、研究内容への口出しは原則しない。契約上、Anthropicが見直しできる範囲はプライバシー、利用規約違反、機密情報、研究の正確性に限定されており、結果がAnthropicに不都合であっても研究者は自由に公表できる。
Anthropicは「外部研究者がAI企業の実利用データで独立した研究を公開したのは今回が初めて」としている。各プロジェクトの集計データはHuggingFace上で公開されている。
研究から見えてきた「AIの実態」
人々は意外にも高リスクな作業をAIに任せている
スタンフォード大学のSocial and Language Technologies(SALT)Labは、人間とAIの協働パターンを分析した。従来の研究では「人は責任の少ない作業をAIに任せ、重要な判断は自分で行う」と考えられていた。しかし実際には、Claudeとの会話の半数以上で、他者への影響や取り消しの難しい「高リスク作業」が委任されていた。特に法律・金融に関する専門的なアドバイスを求めるケースで顕著だった。
また、会話の約4分の3では人間が方向性を決めてClaudeが補助する形だったが、出力をそのまま使うのではなく自分で手を加えるケースが多かった。AIとのやり取りで生じる「摩擦」(リクエストの誤解、反復作業など)も、多くの場合は生産的に機能していた——意図を明確にしたり、出力を磨いたりするプロセスとして機能しているという。
なお、SALTラボの論文は現在外部で公開されているとAnthropicは言及しているが、URLの実在確認が取れなかったため本記事ではリンクを省略する。HuggingFaceの公開データセットから関連情報を参照できる。
AIの振る舞いがユーザーの感情状態に対応している
オックスフォード大学のHuman Information Processing Labは、Claude使用中のユーザーの感情状態とClaudeの行動パターンの関係を調査した。Claudeが温かみのある応答をするとユーザーの感情も前向きになり、拒否や反論をするとユーザーも反発する、といった相関が確認された。
さらに興味深いのは、AIとのやり取り中の感情パターン(没入・フラストレーション・楽しさなど)が、日常的なウェブブラウジング中のものと非常に似ているという発見だ。AIとの対話が、すでに人々の日常的なデジタル体験に溶け込んでいることを示している。
コーディングエージェントの生産性向上を定量化
AI安全評価の非営利団体**METRは、Claude Codeの会話データをもとにコーディング生産性の向上を測定している。分析はまだ進行中だが、より新しいモデルほど旧モデルより大きな時間短縮をもたらす**という初期結果が出ている。また、「AIがなければどのくらい時間がかかっていたか」というClaudeの自己推定値と、既存の開発者研究で得られた実際の所要時間との間に相関が確認されており、推定手法の妥当性も検証されている。
プログラム運営側が直面した課題
このパイロットは、研究支援と同時に「そもそもこういったプログラムを運営できるか」の実験でもあった。
Anthropic Insightsの使い方の難しさが一つの壁になった。このツールは研究者が「この会話でユーザーはどんな指示を求めているか?」のような問いを書き、Claudeが全会話に対してその問いに答え、集計する仕組みだ。研究者は生の会話にはアクセスできない。問いの文言次第で分類結果が大きく変わるため、内部では何週間もかけて問いを磨く作業が必要になる。
この点が、独立性の担保という観点で特に重要な意味を持つ。外部研究者が問いの精度を上げるために反復しようとすると、都度プライバシーレビューが必要になり現実的ではない。研究の独立性を守るためにアクセスを制限すると、今度は研究の精度が下がるというトレードオフが生じる——これは今後このような仕組みを広げていく上での根本的な課題だ。
今回は公開データセットのWildChatで事前テストを行ったが、WildChatはカジュアルな会話に偏っており、実際のClaudeトラフィックとズレが生じるケースがあった。Anthropicは出力の解釈ガイダンスを提供することで対応した。
利用規約違反に関するデータの扱いも課題となった。分析結果には禁止行為に関するカテゴリも含まれた。Anthropicはその内容の大半を研究者と共有したが、「どのようにして安全策を迂回するか」が分かってしまうカテゴリは除外した。影響を受けたカテゴリは各研究で5%未満であり、変更・除外した箇所とその理由は研究者に伝えている。
今後の展開
Anthropicは今後このプログラムの拡大を検討しており、研究者向けの関心表明フォームを公開している(元記事内のリンクから参照)。プライバシー保護のため、拡大は慎重に進める方針だ。プログラムの詳細な運営方法やプライバシー監査の内容はAppendix(PDF)にまとめられている。
AIの社会的影響を理解するには、企業内部だけでなく外部の目が必要だという認識は業界全体で広がりつつある。今回のプログラムはその実践的な一歩であり、他のAIラボへの参考事例にもなり得る取り組みだ。
詳細はEnabling independent research on how people use Claudeを参照していただきたい。