8月25日、テクノロジー批評家のEd Zitronが「The AI Hater's Manifesto」と題した記事を公開した。LLMを中心とするAI産業の経済的・社会的な欺瞞を正面から問い直す内容で、技術論ではなく「誰が得をしているのか」という構造批判として読み応えがある。
Zitronはニュースレター「Where's Your Ed At」の発行人で、購読者数は約11万5千人。NVIDIAやOpenAI・Anthropicの財務分析でも知られるテクノロジー批評家で、本稿は彼が「AI産業への4年間の観察の総括」として書いたものだ。2026年現在、生成AI向けのデータセンター投資は累計で1兆ドルを超えたとも言われる中、そのリターンの実態を問う声は徐々に大きくなっている。Zitronの本稿はその文脈で、最も辛辣な問いを投げかけた論考の一つだ。
「30分試行錯誤してようやく動いた」——それが1兆ドルの成果か
Zitronはまず、自分がAIを全否定しているわけではないと断る。息子のMinecraftアドオンのデバッグにLLMを実際に使ったことがある。ただし結果は、30分かけて試行錯誤してようやく「それなりに動いた」というものだ。
「AIバブルに4年が経過し、あなたたちの最大の成果が『何度も頭を叩いたらなんとか動いた』だとしたら、それに費やされた1兆ドル超の設備投資と数百億ドルの学習コストは何だったのか」
この問いが記事全体の軸だ。技術としての可能性を認めつつ、現実のパフォーマンスとコストの乖離を問題にしている。
彼がLLMを「使える」と感じたのは、クラッシュログを貼り付けて「なぜ壊れているか」を尋ねた3〜4回だけ。それ以外では、ファイルを無断削除したり(ClaudeとMetaのAIエージェントによる実例を引用)、コードを破壊したりと、ミッションクリティカルな用途には程遠い。LLMが役立つのは、出力の目的と品質を自分で完全にコントロールできる小さな作業単位に限られる。そこから外れるほど、数学的に誤りが発生する確率が上がる、とZitronは整理する。
「人間も間違える」と言うなら、人間への投資はどこにあるのか
本稿で最も鋭い指摘がここだ。「LLMの精度は人間と同程度だ」という擁護論に対して、Zitronは「では人間の労働者に同じ規模の投資をしたことがあるか」と問い返す。
彼が列挙する現実はこうだ。
- メンタリングの欠如と労働基準の形骸化
- 「静かな退職(quiet quitting)」——指示された仕事だけをこなし残業を断るスタイル——への社会的批判
- ユニバーサルヘルスケアやUBI(ユニバーサル・ベーシックインカム)への根強い反対論
これらを放置したまま、「人間も間違える」を盾にLLMへの兆ドル単位の投資を正当化する構造をZitronは批判する。
「人間の誤りにはどこに温情があるのか。人間を優秀にするための投資はどこにあるのか。実際の労働者の生活を改善し、スキルを磨き、努力を報いることに本気でカネをかければ、仕事の模倣をする機械に数千億ドルを叩き込むより、よほど効果があるのではないか」
さらに「人間は間違えるが学習する」という点も重要だ。LLMは経験ではなく学習データをもとに毎回出力を生成するため、人間のような文脈を通じた自己修正ができない、とZitronは指摘する。
「実務をしない管理職」に最も都合がいいツール
Zitronが本稿で用いる 「Business Idiots(ビジネスバカ)」 という概念がある。実務を自分では行わず、重要そうなプロジェクトを演出して他人に作業をさせる管理職層を指す、彼独自の表現だ。LLMはこの層に最も都合がいい。能力のある人間のふりができる「粗雑な模倣」を提供するからだ。「AIを使っています」と言うこと自体が、特定の層への美徳シグナルになっている、とも指摘する。
AGIは来ない、意識を持つコンピュータも来ない——これがZitronの現時点での立場だ。LLMが「良くなった」としても、その「良さ」は経済的に誰にとっても意味のある水準ではない、と彼は主張する。
AI産業の構造批判:データセンターから株主まで
記事はLLM単体の評価にとどまらず、産業の構造全体を問題にする。データセンターは環境負荷が高く、その目的はアセットマネジメント会社の利益だ。OpenAIとAnthropicは数千億ドルを学習に「壊滅させること」を許されてきた。ベンチマークや事例研究でどれだけ主張しても、AIプロダクトは「実際の作業」に対してまだ大して使えない——というのがZitronの評価だ。
Zitronはこれを「成長至上主義の最悪の過剰」と表現し、「これに何百億・何兆ドルもの価値があると思うなら、無知か腐敗しているかのどちらかだ」と断言する。
AIへの批判的な論考は珍しくないが、Zitronの論点が際立つのは、技術論ではなく経済的・社会的な不公正としてAI投資を問い直している点だ。コストとリターンの非対称性、そして人間の労働者への軽視との対比という構図は、エンジニアよりもむしろ経営・投資・政策の文脈で議論されるべき問題提起でもある。なお、本稿はZitron自身の主張の紹介であり、TechFeed編集部がその立場に同意するものではない。
詳細はThe AI Hater's Manifestoを参照していただきたい。