8月24日、Inside AI Newsが「AI Helps Mayo Clinic Target 'Undruggable' GIPC1 Protein for Pancreatic Cancer」と題した記事を公開した。この記事では、Mayo Clinicとインドのスタートアップが生成AIと予測AIを組み合わせ、10年以上「創薬困難」とされてきたGIPC1タンパク質の阻害分子を5ヶ月で特定した研究成果について詳しく紹介されている。
10年以上手が届かなかったタンパク質に、AIが5ヶ月で迫った
膵臓がん治療の長年の壁に、AIが正面から切り込んだ。
Mayo Clinicとベンガルール(インド)のSravathi AI Technologyの研究チームが、膵臓がんに関与するタンパク質GIPC1に対する低分子阻害剤「GIPCi」を発見した。研究成果は学術誌『Cell Reports』に掲載されており、AIが「創薬困難(undruggable)」とされてきた標的を攻略できることを公的に示した事例として位置づけられる。
膵管腺がん(PDAC)は膵臓がんの中で最も多く最も悪性度が高い型で、5年生存率は13.3%未満という厳しい状況が続いている。GIPC1はこれらの腫瘍で過剰に産生されており、がん細胞の増殖と化学療法への耐性を促進する。Mayo Clinicはこのタンパク質の研究を12年間続けてきたが、突破口が見つからない状態が続いていた。
なぜ「創薬困難」だったのか——PDZドメインの構造的な問題
GIPC1が難しい理由は、その**PDZドメイン**の形状にある。
通常、低分子薬は深く明確に定義されたタンパク質の「穴」(結合ポケット)にはまり込むことで効果を発揮する。ところがPDZドメインは表面が広くて浅い構造をしており、従来の低分子薬では十分な結合親和性を得ることが困難だ。
Sravathi AIのCEOであるParag Tipnisはこう説明する。「PDZドメインは複数のタンパク質と広く浅い表面で相互作用するため、従来の低分子が効果的に結合することは難しい。また、シグナル伝達のハブとして機能しているため、ひとつの経路を遮断しても、残りの活性な経路を止めるには不十分な場合がある」
PDZドメインは細菌・酵母・植物・ウイルス・動物にまたがって保存された構造であり、生物学的な重要性が高い一方で、その広さゆえに創薬の標的として長く忌避されてきた。
こうした「広く浅い」タンパク質表面の問題は、GIPC1に限った話ではない。創薬困難タンパク質の代名詞として知られるRAS(膵臓がんを含む多くのがん種で変異が確認される癌遺伝子)も、長年にわたって低分子が結合できる明確なポケットを持たないとされ、製薬業界が攻略をあきらめかけた標的だ。RASについては近年になってAMG 510(ソトラシブ)などのKRAS G12C変異特異的阻害剤が承認されたが、それでも特定の変異型に限定されており、KRAS全体を標的にする手段は未確立のままである。PDZドメインはこのRASと同様の「表面平坦問題」を抱えており、今回のGIPCiの発見が注目を集める背景には、こうした構造上の共通課題がある。既存のPDZドメイン阻害研究においても、ペプチド系の阻害剤が試みられてきたが、細胞膜透過性や代謝安定性の低さから薬剤化が困難とされてきた経緯がある。低分子でPDZドメインを狙うアプローチが前臨床で成立したこと自体、この分野において意義深い。
約4万分子を5ヶ月で5候補に絞り込んだワークフロー
Sravathi AIが計算フェーズを開始したのは2023年で、完了までに約5ヶ月を要した。
同社創業者のGurram Kishanがそのプロセスを説明する。「約4万個の分子からスタートし、段階的に候補を絞り込んで最終的に5つの候補分子にたどり着いた。そのうち2つを合成して実験室で試験した。生成AIで初期分子を設計し、予測AIで毒性や吸収性などの特性を評価した」
さらに「分子モデリングと量子化学計算を用いて、GIPC1に結合する可能性が最も高い分子を特定し、最終候補にたどり着いた」と付け加えた。
生成AIで候補空間を設計し、予測AIで絞り込み、量子化学で精度を上げる——という多段階のパイプラインが、従来の手作業スクリーニングでは到底こなせない規模の探索を可能にした。
前臨床段階であることは忘れてはならない
現時点でGIPCiは動物実験の段階にある。創業者のKishanは、人での使用に適することが証明されれば約3年で患者に届くと見積もるが、動物モデルと人体の間で多くの候補が脱落するのは周知の事実だ。毒性・用量・有効性の各問題は未解決のままである。
Mayo Clinic Floridaのシニアオーサーで癌研究者のDebabrata Mukhopadhyayはこう述べる。「この研究は、AIが歴史的に創薬困難とされてきた標的に対して全く新しい治療機会を特定できることを示している。前臨床段階ではあるが、次の研究フェーズに向けた強固な基盤を提供している」
また、米国の大手医療機関とインドのスタートアップが知的財産を共有して成果を出す形態は、創薬エコシステムの変化を反映している。インドなどのAIネイティブなバイオテック企業が、バックエンド業務ではなく早期の標的検証と分子設計の段階から貢献するケースが増えつつある。
GIPCiが前臨床モデルを超えて進めるかどうかは次フェーズで判明する。成功すれば、同じAI駆動のアプローチが、他の「広く浅い」タンパク質表面——創薬化学者を長年悩ませてきたカテゴリ——にも適用できる可能性がある。
詳細はAI Helps Mayo Clinic Target 'Undruggable' GIPC1 Protein for Pancreatic Cancerを参照していただきたい。