8月22日、The Next Webが「This startup is training an AI model on skin that stays alive for a month」と題した記事を公開した。主役はマサチューセッツ州のスタートアップOuter Biosciences。外科手術で廃棄されるヒトの皮膚組織を体外で最長1ヶ月間生存させ、そのデータでAIモデルを訓練するという手法で、化粧品候補化合物の創出ペースを従来比で約18倍に引き上げたという。4年間のステルス期間を経て、同社がその技術的核心を明かした。
生きた皮膚をデータソースにする、という発想
同社の中核技術は「外科手術で廃棄されるヒトの皮膚組織を、体外で最長1ヶ月間生存させること」だ。
通常、生きた皮膚組織は体外では数日しか維持できない。毒性検査の急性試験ならそれで十分だが、コラーゲンのリモデリング(皮膚の構造タンパク質であるコラーゲンが分解・再合成される過程)、色素沈着の変化、バリア修復といったプロセスは週単位の時間がかかる。ここに同社の技術的な強みがある。1ヶ月後のサンプルは1日目と「同じではないが、酷似している」と同社は慎重に表現しており、長期間にわたる皮膚反応の観察が初めて可能になる。
競合として名が挙がるVivodyneは実験室で培養した工学的ヒト組織(iPSC由来など)を使うアプローチを採り、約8,000万ドルを調達している。またオーガン・オン・チップ(微細加工されたマイクロデバイス上で器官機能を再現する技術)を手がける企業群も代替試験法の有力候補として知られる。これらに対してOuter Biosciencesが主張する差別化点は、廃棄された実際のヒト皮膚組織をそのまま長期維持することで得られるデータの生物学的リアリティだ。培養細胞やデバイス上の模倣系では再現しにくい、組織レベルの複雑な挙動をそのまま観察・記録できると同社は位置づけている。
AI×生きた組織のフィードバックループ
面白いのはその組織の使い方だ。
- AIが「この化合物は皮膚のこの機能に影響を与えるはず」と予測する
- 生きた組織でその予測を実際に検証する
- 結果(正しくても誤りでも)をモデルにフィードバックする
このループが閉じたことで開発ペースが大きく変わった。科学文献のみを使っていた初期フェーズでは18ヶ月で2件の候補化合物しか生まれなかったが、現在は約6週間に1件のペースで候補が出てくるという。18ヶ月(約78週)で2件、すなわち1件あたり約39週かかっていたのが、約6週間に1件へと短縮された計算になり、創出ペースはおよそ18倍に相当する。AIと生体組織の実験データを組み合わせたフィードバックループが、この加速の原動力だ。
医薬品ではなく化粧品成分を狙う理由
同社が医薬品ではなく化粧品成分に絞っているのは、規制上の判断だ。化粧品成分であれば医薬品承認(FDA等)を必要とせず、OECDテストガイドライン(経済協力開発機構が定める化学物質の安全性試験の国際標準手順)に基づく安全性試験と業界標準の名称取得で済む。
ここで欧州が重要な市場として浮上する。EUは10年以上前に化粧品の動物実験を禁止しており、代替試験法の確立が業界にとって義務となっている。さらに2025年6月1日には欧州委員会が化学物質の安全性評価における動物実験の段階的廃止ロードマップを採択し、30以上の勧告を盛り込んだ。この規制の流れが、Outer Biosciencesのようなアプローチへの需要を生んでいる。
データは社外に出さない、という思想
同社は現在従業員19名で、調達資金は約2,300万ドル。規模としては小さいが、その競争優位の核心はデータの希少性にある。「生物学のインターネット」はスクレイピングできない。自社で収集した皮膚組織の実験データは他に存在せず、そのデータをクラウドに乗せないためにオンプレミスで自社モデルを動かしている。大半のAI企業がクラウド前提で設計する中、意図的に逆張りしている点だ。
組織の調達については、医療機関のIRB(Institutional Review Board:治験審査委員会。研究の倫理的妥当性を審査する独立機関)監督下にあるバイオバンクや仲介業者を通じており、個人を特定できる情報は除去済みとしている。費用はコスト回収ベースの手数料で、組織を「購入」するという形は取らないと説明している。
詳細はThis startup is training an AI model on skin that stays alive for a monthを参照していただきたい。