8月21日、TechRadarが「The next AI phase is better agents not bigger models」と題した記事を公開した。モデルを選ぶ競争はすでに終わりつつある——そう主張するのは、Digital ModusのSolution ArchitectであるJay Florenceだ。大手ベンダーが新モデルを競うようにリリースし続ける今、Florenceは「次のエンタープライズAIの競争優位はモデルの規模ではなく、エージェントの設計・実装・ガバナンスの質にある」と論じる。この主張は、多くの組織がまだ「どのモデルを使うか」に注力しているフェーズにあるだけに、実践者にとって示唆に富む。
本記事の出発点は、2025年のGartner Data and Analytics Summitでアナリストが発したメッセージだ。「スタンドアロンのAIモデルは時代遅れ、自律的で相互接続されたAIエージェントが未来だ」——Florenceはその宣言を受け、では実際に何を設計・統治すればよいのか、という実践論を展開する。
モデル選定はもはや差別化にならない
大手ベンダーが競うように新モデルをリリースし、「より高い推論能力」「より高い精度」を謳う状況が続いているが、Florenceの主張は明快だ。**基盤モデル(Foundation Model)は急速に高性能化・低コスト化が進んでいるため、どのモデルを選ぶかで競合を出し抜くことはほぼ不可能になりつつある。**
競争優位の源泉はモデルの外側にある。具体的には次の3点だ。
- データ品質:矛盾した文書、非一貫なポリシー、貧弱なナレッジ管理はエージェントの出力品質を直接劣化させる
- プロンプトエンジニアリング:エージェントに指示を与えれば動く、という単純な話ではない。適切なガードレールの定義、責務の明確化、目的外の逸脱を防ぐ設計が必要だ
- ガバナンス:情報セキュリティの基本原則である最小権限の原則(Principle of Least Privilege)をAIエージェントに適用することは、不正アクセスリスクの低減だけでなく、不要な処理を減らしてコストを抑える効果もある。エージェントが「できること」の範囲を必要最小限に絞る設計思想は、エンタープライズ文脈での信頼性確保に直結する
この3点が整っていなければ、どれほど高性能なモデルを採用しても、ビジネス成果には結びつかないというのがFlorenceの立場だ。
「どこにAIを入れるか」より「何の問題を解くか」
Florenceが特に強調するのは、問いの立て方の間違いだ。多くの組織は「AIエージェントをどこに展開するか」を最初に考える。しかし実際に成果を上げている組織は、「どのビジネス上の問題を解決したいのか」を先に定義している。
技術から入ると、間違ったプロセスを自動化するだけのエージェントが生まれる。有効なターゲットは「従業員が反復的な事務作業や情報検索、システム間のデータ移送に大量の時間を使っている領域」だ。
記事ではいくつかの具体的な事例が挙げられている。
- 高等教育:履修登録やキャンパス施設に関する定型問い合わせをエージェントが処理し、スタッフは複雑な案件に集中できる
- 交通機関:時刻表・乗り継ぎ・カスタマーサポートを単一の対話で完結させ、複数サービスを横断する手間を省く
- 営業・法務:見込み客の問い合わせの選別、複雑な文書の要約、契約書からの情報抽出など、従来は数時間かかっていた作業を自動化
これらの共通点は「質問に答える」ことではなく、人間が判断・専門知識・対人スキルを要する仕事に集中できるよう、管理的負荷を取り除くことにある。エージェントの目的をこの視点で定義できているかどうかが、導入成否の分岐点になるとFlorenceは述べる。
大規模変革より小さく始める反復
もう一つの論点は展開戦略だ。Florenceは「大規模変革プログラムとしてAIを導入しようとするのは誤りが多い」と指摘する。
成果を出している組織の共通パターンは、測定可能な価値を生む、スコープを絞ったユースケースから始めることだ。これにより従業員の信頼を獲得し、ROIを示し、より複雑なワークフローに拡張する前にガバナンスを磨く機会が得られる。
また、AIエージェントのテスト観も従来のソフトウェアとは根本的に異なる。通常のソフトウェアは「同じ入力に対して同じ出力を返す」決定論的な動作が前提だが、AIエージェントは確率的な性質を持つ。そのため一貫性(consistency)が機能性と同等に重要であり、継続的なテスト・モニタリング・改善がリリース後も続く。この点は、従来型のQAプロセスをそのまま流用できない理由でもある。
さらに従業員をプロセスに巻き込むことも不可欠だとされる。完成したエージェントを突然公開するのではなく、開発の初期段階から関与させ、「どのように意思決定されるか」「どこにガードレールがあるか」を理解させることが信頼醸成につながる。これはChange Management(変更管理)の観点からも、AIエージェント固有の課題として認識する必要がある。
まとめ
Florenceの論点を一言で言えば、次のAI競争は「最大のモデルを持つ者」ではなく「信頼できる、適切に統治されたエージェントを構築できる者」が制するということだ。モデルの性能向上は今後も続くが、それをビジネス価値に変換できるかどうかは別の問題であり、データ品質・プロンプト設計・ガバナンスの三位一体こそが実質的な差別化要因になる。「何の問題を解くか」を先に問えるかどうかが、組織のAI成熟度を映す試金石になるだろう。
詳細はThe next AI phase is better agents not bigger modelsを参照していただきたい。