8月23日、The Next Webが「Apollo finds AI is hitting paychecks rather than payrolls」と題した記事を公開した。この記事では、AIが雇用数ではなく賃金を押し下げているという、Apolloの実証分析について詳しく紹介されている。
AIの最初の爪痕は「失業」ではなく「賃下げ」だった
資産運用大手Apollo Global Managementのリサーチ部門に所属するチーフエコノミスト、Torsten Slok氏とSania Edlich氏による分析が、労働市場におけるAIの影響について一つの実証的な答えを示した。
321職種を2015〜2025年の労働統計データと照合した結果、AIへの高暴露職の賃金成長は、低暴露職と比べて2023年以降に6.7%低下していた。一方、雇用数への影響は統計的に有意ではなかった。
つまり、AIは今のところ人々の仕事を奪っているのではなく、その給料を押し下げている、というのがこの分析の示す示唆だ。
低賃金層ほど打撃が大きい
この分析で特に目を引くのが、賃金階層別の格差だ。
| 賃金四分位 | 賃金成長の差 |
|---|---|
| 第1四分位(最低賃金層) | ▲10.7% |
| 第2四分位 | ▲5.4% |
| 第3四分位 | ▲4.0% |
| 第4四分位(最高賃金層) | 有意差なし |
低賃金の職種ほどAIによる賃金圧下が顕著で、高賃金層にはほとんど影響が出ていない。なお、サービス業では▲24.3%という数字も示されているが、論文自体がサンプル数の少なさを認めており、慎重に扱う必要がある。
分析手法の特徴と限界
この研究が他と異なるのは、AIへの「理論的な暴露度」ではなく、実際のモデル利用データから暴露度を測定している点だ。具体的には、Anthropicが公開しているAnthropic Economic Indexを使用している。同Indexは実際のモデルとのインタラクションから職種ごとのAI利用実態を測定したものだ。
ただし、著者自身が限界も率直に認めている。
- 暴露度の測定は1社(Anthropic)のデータに依存
- 約800職種のうち321職種のみがマッチング対象
- サービス業の数値はサンプルが少なく参考値扱い
「解雇が見えにくい」構造的な理由
元IBMの最高人事責任者、Diane Gherson氏は、雇用数への影響が表面化しにくい理由を二点指摘している。
一つ目は採用の静かな絞り込みだ。企業は派手なレイオフを発表せず、離職率の高い低賃金ポジションへの採用をひっそりと減らしている。
二つ目は会計上の歪みだ。希望退職に伴う退職金は「一時的なリストラ費用」として計上でき、投資家にはワンオフとして軽視されやすい。一方、再教育・リスキリングは毎四半期の営業費用に乗り続ける。帳簿上、「切る」方が「育てる」より見栄えが良くなる構造だ。
Gherson氏が対照例として挙げるのはIKEAだ。コールセンター業務の多くを自動化した後、スタッフをリモートのインテリアデザインアドバイザーとして再訓練した。この施策で生まれたサービスは約13億ユーロ規模のビジネスに成長したと広く報告されている。
反論する研究も存在する
Apollo研究と逆方向を向くエビデンスもある。米国の統計当局は、AIへの暴露が高い18職種で雇用が0.2%減少したことを確認しており、同期間に全体の雇用は0.8%増加していた。Goldman Sachsも、AI代替が進む分野での求人減が加速していると報告している。
Slok氏自身も、生産性向上の恩恵がまだ証明されていない点を認めている。大手テック企業以外では、AIを導入しても利益率はまだ上がっていないというのが現状だ。
日本・欧州への示唆
Apolloのような賃金チャネルを測定した同等の研究は、欧州にも日本にも存在しない。雇用統計を眺めているだけでは、AIが静かに進行させている賃金の下方圧力は見えてこない可能性がある。
関連リンク
- Anthropic Economic Index(職種別AI利用実態の測定手法)
- AI native startups are already shrinking entry-level hiring(エントリーレベル採用の縮小に関するThe Next Web記事)
詳細はApollo finds AI is hitting paychecks rather than payrollsを参照していただきたい。