8月19日、Anthropicが「How Claude is accelerating protein design and analytical chemistry」と題した記事を公開した。この記事では、Claudeがタンパク質設計と分析化学という2つの生命科学領域において、専門家と同等以上の成果を出せることを実験結果とともに示している。
タンパク質設計:14/15ターゲットに成功、ヒット率35%
創薬の初期段階において、「タンパク質バインダー設計」は最も重要かつ時間のかかる工程の一つだ。バインダー(minibinder)とは、標的タンパク質に強く結合する小さなタンパク質のことで、現代の医薬品の多くはこの結合メカニズムで機能する。これをゼロから設計(de novo設計)することは、従来は計算科学の専門家が1ターゲットあたり数週間〜数ヶ月を要する作業だった。
Anthropicは今回、Claude Opus 4.8とMythos Previewを使い、15ターゲットに対するバインダー設計キャンペーンを実施した。Mythos PreviewはAnthropicの研究用プレビューモデルであり、現時点では一般公開されていない位置づけとなっている。外部評価機関のAdaptyv BioとTwist Bioscienceがウェットラボで実際に合成・検証した結果は以下の通りだ。
- 15ターゲット中14ターゲットで設計に成功
- 全ターゲット同時設計(48時間セッション)での全体ヒット率:Mythos Previewが26.7%、Opus 4.8が22.6%
- 1ターゲットずつ集中設計した場合(24時間×複数セッション並列):Mythos Previewが35.1%
- 業界の典型的なヒット率は10〜15%
さらに少なくとも6ターゲットで高親和性バインダー(tight-binding)の設計に成功し、少なくとも4ターゲットでは既報の最良結果に匹敵または超える親和性を達成した。

キャンペーンの進め方
Claudeには以下のリソースが与えられた。
- タンパク質設計に関する詳細なプロンプト(公開中)
- インターネットアクセスおよび論文コーパス
- Google Drive、Slack、Gmail、BioRxivとの連携
- 専門的なタンパク質設計・フォールディングモデルを実行するGPU(最大12,500 NVIDIA H100時間)
Anthropicのチームが実施したのは、ネットワークアクセス許可などのインフラ管理のみだ。設計上の判断はすべてClaudeが自律的に行った。具体的には「どの部位に結合させるか」の選択から始まり、構造設計・配列設計・コーフォールディングモデル(co-folding model:タンパク質と結合相手の複合体構造を同時に予測する計算モデル)の組み合わせ選択、in silico最適化サイクルの実行、最終的な候補スクリーニングまでを一貫して担当した。
特筆すべき3つの事例
RBX1:設計コンペ参加者平均を大幅に上回る
Adaptyv Bioが主催するタンパク質設計コンペと比較したところ、RBX1ターゲットでMythos Previewはヒット率**40%**を達成。コンペ参加者の平均は3.7%であり、245件のエントリーの中でトップだった設計を上回る親和性のバインダーも確認された。

TNFα:Humiraの作用標的で複数種交差反応性バインダーを設計
TNFαは免疫系の炎症シグナルを担うタンパク質で、これを阻害することがHumira(アダリムマブ)など主要な自己免疫疾患治療薬の作用機序だ。多量体構造ゆえに設計が難しいターゲットとして知られ、複数の専門家グループが苦戦してきた。
今回、Mythos Previewは失敗した一方でOpus 4.8が成功するという逆転現象が起きた。Opus 4.8はヒト、カニクイザル、マウスのTNFαいずれにも結合する交差反応性バインダーを設計。動物実験への応用可能性を持つ設計だ。なぜより汎用性能の低いOpus 4.8がMythos Previewを上回ったかについて、Anthropicは「タンパク質設計の固有の複雑さを考えれば、特定領域での逆転は驚くことではない」と述べるにとどまっている。
β-シート含有バインダー:設計が困難な構造にも対応
計算設計されたバインダーの大半はα-ヘリックス束(コイル状の二次構造)だが、Claudeはβシートを20%以上含む確認済みバインダーを6ターゲットにわたり15件設計した。β-シートはアミノ酸が側面に並ぶ構造で、誤った折り畳みや凝集が起きやすく設計が難しい。タンパク質の立体構造を理解した上で設計している証拠となる。
分析化学:23分でコントラクトラボと同水準の結果
もう一つの実験は分析化学における時間節約の事例だ。Claude Opus 5(一般公開モデル)に対し、NMR(核磁気共鳴)とLC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析)の生データファイルと2文のプロンプトだけを渡した。NMRとLC-MSは、化学者が化合物の同定と純度を確認するための基本的な分析手法であり、生データの解釈と報告書作成には熟練した専門家でも相当な時間と手間を要する工程だ。
結果として:
- 水素数の分析:23分で完了、コントラクトラボの結果と一致
- 純度分析:19分で完了、ラボの96.33%に対してClaudeは**96.4%**とほぼ一致
タイトルで「創薬の初期工程を48時間で自律実行」と訴求しているのはタンパク質設計フェーズの話だが、この分析化学の実験は「専門家の作業を数時間から数十分に圧縮できる」という独立した価値を示している。創薬パイプライン全体でのAI活用という観点からは、両者を組み合わせた効果が今後の焦点になるだろう。
現状の制約と今後
今回の成果はMythos Preview・Opus 4.8・Opus 5の各モデルを組み合わせて得られたものだが、Anthropicの最も高性能なモデルは現時点で生命科学研究タスクへのアクセスが制限されている。近日中に研究者向けアクセスプログラムを開始予定とのことだ。また今回の設計データ354件はすべて公開されており、タンパク質設計データのプラットフォームであるproteinbase.comへの掲載も予定されている。
詳細はHow Claude is accelerating protein design and analytical chemistryを参照していただきたい。