8月19日、Anthropicが「How Claude is accelerating protein design and analytical chemistry」と題した記事を公開した。ClaudeがタンパクBinder設計と分析化学の分野でどこまで実用的な成果を出せるかを実験した結果を詳しく紹介している。
「何週間もかかる作業」を48時間・人間介入ゼロで
AIによる創薬支援は近年急速に現実味を帯びており、タンパク質構造予測ではAlphaFold 3が大きな注目を集めた。しかし「構造を予測する」ことと「ゼロからバインダーを設計する」ことの間には大きな壁がある。新規バインダーのde novo設計(ゼロから候補タンパク質を設計すること)は、計算の専門家が何週間も費やす作業だ。ウェットラボ(実際の実験室での検証)まで含めると数ヶ月単位のプロジェクトになる。
Anthropicはこの壁にClaudeを直接ぶつけた。実験ではClaude Mythos Preview(Anthropicの最新実験モデル)とOpus 4.8(同じく実験段階のモデル。一部タスクでMythos Previewを上回る結果を示した)を用いて、15の標的タンパク質に対するミニバインダー(標的タンパク質に結合するよう設計した小型タンパク質)設計キャンペーンを実施した。外部評価機関のAdaptyv BioとTwist Bioscienceがウェットラボで独立に検証した結果、15標的中14標的でバインダーの設計に成功した。
ヒット率は業界水準の2〜3倍
ヒット率(設計した候補のうち実際に結合したものの割合)は、タンパク質設計キャンペーンの実力を測る核心指標だ。現在の業界水準は**10〜15%**とされている。Claudeが出した結果は以下の通りだ:
- Mythos Preview(全15標的を同時・48時間):26.7%
- Opus 4.8(全15標的を同時・48時間):22.6%
- Mythos Preview(1標的ずつ・24時間×並列実行):35.1%
いずれも業界水準を大きく上回る。また少なくとも4標的で、これまでに報告されていた最良の結合親和性(アフィニティ)を上回るか同等の結果を達成した。アフィニティが高いほど低用量で薬効を発揮でき、副作用リスクと製造コストの低減につながる。
Claudeが動作した環境は以下の通りだ:
- 詳細なタンパク質設計プロンプト(公開済み)
- インターネットアクセスおよびBioRxiv等の論文コーパス
- Google Drive、Slack、Gmail、BioRxivへのコネクタ
- 構造設計・配列設計・コフォールディングモデル実行用GPU(最大12,500 NVIDIA H100時間)
初期プロンプトを投入した後は人間の追加介入なしで自律動作した。各標的のどの部位を狙うかの選定、候補構造・配列の生成、in silico(計算機上)での最適化サイクル、独自性・多様性・溶解性のスクリーニングまで、すべてをClaude単独で実行している。
注目の個別結果
RBX1:コンペ参加者の平均を10倍超えるヒット率
Adaptyv Bioが主催したRBX1(E3ユビキチンリガーゼの構成要素であり、創薬標的として注目されているタンパク質)設計コンペとの比較では、Mythos Previewのシングルターゲットモードが**ヒット率40%**を達成。コンペ参加者の平均3.7%を大幅に上回り、245エントリーの中の優勝デザインをアフィニティで凌駕するバインダーを生成した。
TNFα:Opus 4.8が複数の専門家チームの失敗をくつがえす
TNFα(腫瘍壊死因子α)は炎症反応の鍵となるシグナルタンパク質で、これを阻害するのが世界でかつて最も売れた医薬品のひとつHumira(アダリムマブ)だ。三量体構造(3つのタンパク質が形成する特殊な溝に結合する必要がある)を持つため設計難度が高く、複数の専門家グループが苦戦してきた標的でもある。
今回の実験では、Mythos Previewはここで失敗したが、Opus 4.8が複数のバインダーを設計することに成功した。ヒト・カニクイザル・マウスのTNFαに対して結合できる「種間クロスリアクティブ」なバインダーも含まれており、動物実験への橋渡しが可能な設計となっている。Anthropicはなぜ上位モデルとされるMythos Previewが失敗し、Opus 4.8が成功したかは現時点では不明としつつ、「タンパク質設計の複雑性を考えれば、特定領域でモデル間の逆転が起きることはある」と述べている。
困難なβシート構造バインダーも設計に成功
計算設計で生成されるバインダーの大半はαヘリックス束(コイル状の二次構造)だ。βシート(複数のアミノ酸鎖が並列に並ぶ構造)は設計難度が高く、凝集(タンパク質分子同士が意図せず結合すること)リスクも高い。Claudeは6標的に対してβシートを20%以上含む確認済みバインダーを15個設計した。構造の深い推論が求められるタスクでも実用的な成果を出せることを示している。
分析化学タスク:NMR・LC-MSデータを23分で解析
タンパク質設計とは別に、一般提供中のClaude Opus 5を使った分析化学タスクの実験も実施された。化学者が合成した化合物の同定と純度確認に使うNMR(核磁気共鳴分光法)とLC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)のデータを、契約ラボの生ファイルと2文のプロンプトだけを与えて解析させた。
Claudeは23分と19分(それぞれ別の解析)でレポートを完成させ、ラボ自身の分析結果と一致した。水素数カウントは完全一致、純度測定は96.4%(Claude)対96.33%(ラボ)という精度だった。通常は専門知識を持つ研究者が時間をかけて行う作業であり、一般提供モデルがここまで実用的な精度を示したことの実務上の意義は大きい。
公開データとアクセスについて
今回の実験で生成された354のバインダーと設計データは公開予定で、de novoタンパク質設計の公開コーパスへの大きな追加となる見込みだ。なお、Mythos PreviewやOpus 4.8といった実験モデルへのアクセスは現在制限がかかっている。AnthropicはScientist向けアクセスプログラムの立ち上げを優先事項のひとつとして位置づけており、近日中に詳細を発表する予定だとしている。
詳細はHow Claude is accelerating protein design and analytical chemistryを参照していただきたい。