8月14日、NL Timesが「Hundreds of Dutch doctors letting AI listen in on conversations with patients」と題した記事を公開した。この記事では、オランダの数百人のかかりつけ医がAIを診察の場に導入し、会話を自動で電子カルテに記録する動きが急拡大していること、および現場での効果と課題について詳しく紹介されている。
1年で14%→36%:急拡大するAI音声記録
医療現場でのAI活用というと、診断支援や画像解析が話題になりがちだが、オランダでは「書類仕事の削減」という地に足のついた用途で普及が加速している。
オランダの医療研究機関NivelがGP(総合診療医・かかりつけ医)4,500診療所全件に調査票を送付し、800件超の回答を得た。Nivelはオランダ国内の一次医療(プライマリケア)に特化した独立研究機関で、GP診療所を対象とした全数調査を定期的に実施している。今回の調査もその一環として行われたものだ。その結果、36%がAI音声記録ツールを使用していると回答。1年前の14%から倍以上に跳ね上がった。導入診療所の実数は不明だが、「少なくとも数百」とされている。
Nivel研究員のLilian van Tuyl氏はこの急増に驚いたと述べている。「GPはデジタルツールの導入には慎重なことが多い。それにもかかわらずここまで普及したのは、行政・事務処理の効率化に明確なメリットを見出しているからだ」。チャットボットや個別治療計画へのAI活用は依然として不人気で、「記録を書く」という極めて具体的な作業に絞って受け入れられている構図が浮かぶ。
1診察あたり42.7秒の節約——ただし「劇的」ではない
エラスムス医療センター(Erasmus MC)の大学講師Reinier van Linschoten氏らは昨年、535件のGP診察をAIあり・なしの条件で観察した。
結果として、AIが記録を担うことで医師は平均42.7秒/診察の節約になった。数字だけ見ると小さく感じるかもしれないが、van Linschoten氏はこう説明する。「GPが1日に診る患者数が増えるわけではない。ただ、少し余裕ができる。認知的負荷が減る。ほんの少し、静かに考える時間が生まれる」。
AIの記録品質については、患者の主訴・診断・治療方針の記述は医師より詳細だった一方、身体診察の記録では簡潔さに欠けるという結果も出た。
ハルシネーションのリスクと「承認後のみ保存」という設計
AI記録の信頼性に関して、van Linschoten氏は慎重な立場をとる。「システムは完璧ではない。情報が抜け落ちることもあるし、AIが『ハルシネーション』を起こして無意味な内容を書くこともある。ただし、危険なレベルの重大なハルシネーションには今のところ遭遇していない」。
プライバシー設計の面では、オランダのデジタルヘルスケア知識プラットフォームDigizoが複数のAIツールを審査・承認している。DigizoはGP診療所向けにデジタルツールの評価・認証を行う組織で、医療現場でのツール選定において事実上の参照基準となっている。Digizoの評価によれば、音声データは保存されず、医師が承認した後にのみ記録が患者ファイルに保存される設計であるため「プライバシーリスクは低い」とされており、Digizoはこの仕組みを前提に、患者からの明示的な同意は不要と評価している。
ただし、オランダ個人情報保護局(AP)はNU.nlの取材に対して明言を避けた。「ツールによって状況が異なる。どの法令が適用されるかはケースバイケースだ」と述べるにとどまり、**GDPRに基づく有効な法的根拠が必要**であること、およびAIツールのホスティング事業者が医療データにアクセスする場合は患者の同意が原則必要であることを一般論として示した。APは現在、GP診療所におけるAI利用に関するガイドラインを策定中だ。Digizoの評価とAPの立場の間には現時点で明確な齟齬があり、法的根拠の解釈はまだ固まっていない。
規制の整備はこれから
保健・青少年ケア監督局(IGJ)は、AI音声記録に関するインシデント報告はここ数年で受けていないと述べている。現場での実害は今のところ確認されていないが、規制当局のガイドラインが追いついていない状況は続いている。
医師側は「事務作業の削減」という現実的な動機から導入を進め、規制側は法的根拠の整理を急いでいる——この非同期な状態は、医療AIの現場導入が進む国共通の構図でもある。
詳細はHundreds of Dutch doctors letting AI listen in on conversations with patientsを参照していただきたい。