8月11日、PYMNTSが「Insurers Move AI Upstream Into the Care Decision」と題した記事を公開した。医療保険会社がAIの活用領域を「請求処理後」から「治療前のケア決定」へと前倒しする動向について詳しく報告している。Sun Lifeの最新決算が示す1人あたり年平均25万2,000ドルというがん費用の数字が、その移行を象徴する。
AIの主戦場が「請求処理後」から「治療前」へ
従来、医療保険会社がAIを活用してきた主な場面は、治療後の請求処理だった。しかし現在、その焦点は「どの患者にフラグを立てるか」「どの治療を事前承認(prior authorization)するか」「請求が発生する前にどのケアパスを推奨するか」といった意思決定へと移行しつつある。
この動きを象徴する事例として、Sun Lifeの2026年第2四半期決算が挙げられる。同社が活用しているのは、精密医療管理会社Medzownが提供するAI駆動の臨床ナビゲーションだ。Medzownは、複雑・高額疾患の患者を対象に適切な臨床試験や治療経路へ接続することを専門とするヘルスケアテック企業で、Sun Lifeはそのプラットフォームを使い、がんやその他の複雑・高額疾患と診断された会員を早期に特定し、「高額請求が拡大する前に」適切な選択肢へと誘導している。
その背景にある数字は明確だ。Sun Life自身の2026年高額請求レポートによれば、がんの費用は1人あたり年平均25万2,000ドル、整形外科・筋骨格系疾患は同12万ドルに達する。AIやデジタルヘルスツールの活用を含むコスト抑制施策全体で、同社は2025年に自社および自己資金の雇用主クライアントの費用を合計6,800万ドル超削減したと報告している。
背景:事前承認をめぐる社会的摩擦
こうした動きが注目を集める背景には、米国における事前承認制度そのものへの根強い批判がある。事前承認は保険会社が医療処置の必要性を事前に審査する仕組みだが、承認の遅延や拒否が患者の治療機会を損なうとして、医師団体・患者団体・議会から長年にわたり問題視されてきた。
さらに2024年末にはUnitedHealthcareのCEOが銃撃されるという衝撃的な事件が発生し、同社が導入していたAIによる事前承認拒否システム(nH Predict)が社会的な論争の焦点となった。その後、UnitedHealthcareはAIを用いた事前承認拒否をめぐる集団訴訟にも直面しており、保険会社によるAI活用の倫理的・法的リスクは業界全体の課題として意識されるようになっている。こうした背景の中で、各社は「AIが否認する」という構図から距離を置きつつ、「AIが推薦・誘導する」という形での上流活用へとシフトしつつある。
AetnaはプロセスのAIを「両端」から自動化
同様の動きはAetna(CVS Health傘下)にも見られる。Aetnaは過去1年間、会員のケアナビゲーションと保険会社の請求処理という、プロセスの両端にAIを組み込んできた。
前処理(治療前)側では、「Care Paths」ツールを通じて、会員の個々の状態に合わせた健康・ウェルネスプログラムをAIが推薦する。Care Pathsは会員が自身の病状や状況に応じた治療・ケアの経路を選べるよう設計されたナビゲーションツールで、さらに会話型AIアシスタントを組み込むことで、会員が選択肢を選ぶプロセスそのものを支援している。
後処理(請求処理)側では、2026年5月に「Claims Assist Manager」の第2世代版を投入した。Claims Assist Managerは手動レビューが必要な複雑な請求を自動的に分類・優先付けし、処理を効率化するAI基盤のプラットフォームだ。第2世代版では処理時間を20%超短縮するとされる。この取り組みは、CVS Healthが進める総額200億ドル規模のデジタル投資の一環でもある。
この2つのツールが示す方向性は明快だ。治療前に会員の行動を形成するAIと、治療後に保険会社の支払いを裁定するAIが、請求ライフサイクルの両端をカバーするインフラとして一体化しつつある。
州法が「カバレッジ決定」に一線を引く
こうした上流への拡張は、各州の規制の波と正面衝突している。Becker's Payer Issuesの立法レビューによれば、2026年に7つの州がAIの医療保険業務への関与を規定する新法を成立させており、事前承認が主な焦点となっている。
主な規制の内容は以下のとおりだ:
- アラバマ州SB 63(2026年10月1日施行):AIを保険カバレッジ拒否の唯一の根拠とすることを禁止。レビュープロセスでAIが使われた場合の開示を義務化。
- コロラド州HB 1139:AI支援による利用審査(utilization review)の決定は、集団データではなく患者個人の臨床履歴に基づくことを義務付け。医療必要性の否認には、ライセンスを持つ臨床医の個人的なレビューを必須とする。
- ワシントン州SB 5395(2026年6月11日施行):医療必要性を理由とした否認はライセンスを持つ医師または医療専門家のみが行える。AIを、ケアの否認・遅延・変更の唯一の手段として使うことを禁止。さらに事前承認の否認のうちAIが関与した割合を州保険当局に報告することを義務付け。
これらの法律に共通するパターンは一貫している。保険会社はAIをフラグ立て、推薦、事前スクリーニングに使うことは許容されるが、患者のケアを実際に否定・遅延させる決定の瞬間には、人間が承認者でなければならない、という原則だ。
どこまで「上流」に行けるか
問題は、この境界線がどこまで機能するかだ。保険会社がAIをさらに上流——正式な否認が発行される前に患者の治療選択肢を形成する意思決定——にまで押し込んだとき、現行の規制の枠組みがそれをカバーできるかは未解決のままだ。
AIを活用する保険会社と、それを規制しようとする州との間の綱引きは、2026年以降も続くとみられる。
詳細はInsurers Move AI Upstream Into the Care Decisionを参照していただきたい。