8月7日、Carly Pageが「AI found a weakness in one of the world's most studied encryption systems」と題した記事を公開した。AnthropicのAIモデル「Claude」が広く使われる暗号システムの弱点を独自に発見したこと、そしてその意味するものについて詳しく紹介されている。なお、今回の研究成果は未査読論文として公開されたものであり、暗号研究コミュニティによる正式な査読を経ていない点は、以降の内容を読む上で念頭に置いてほしい。
AnthropicのClaude、AESの簡易版で既知最速の攻撃手法を発見
7月28日、Anthropicのフロンティアレッドチームがブログ記事を公開した。同チームのAIモデル「Claude Mythos Preview」が、2つの暗号システムに対して独自の暗号解析技術を開発したというものだ。
対象となったのは以下の2つである。
- AES-128の7ラウンド版:インターネット上で最も広く使われる暗号アルゴリズムの簡略版
- HAWK:耐量子署名方式として設計された実験的なデジタル署名スキーム
AES(Advanced Encryption Standard)はHTTPS通信、メッセージングアプリ、Wi-Fi、金融取引など、現代のデジタル通信の根幹を担う暗号標準だ。フルのAES-128は10ラウンドの暗号化処理を行うが、Anthropicが攻撃対象としたのは7ラウンド版——暗号研究者が新たな攻撃手法のテストに長年使ってきた、意図的に弱体化させたバリアントである。実運用に使われるフルのAES-128とは構造が異なり、7ラウンド版への攻撃は学術的な研究用途を前提としている点に注意が必要だ。
研究者のMilad NasrとNicholas Carliniによる論文(未査読)では、Claudeがこの7ラウンド版から暗号鍵を復元する手法を発見し、従来の最良攻撃と比較して200〜800倍高速化したと報告している。ただし論文は、この手法が実際のシステムで使われるフルのAES-128には通用しないと明記しており、今回の成果が直ちに実用上の脅威となるものではない。
より重要な成果はHAWKへの攻撃
AES関連の成果がセンセーショナルに受け取られがちだが、専門家が重視するのはHAWKへの攻撃だ。
HAWKは量子コンピュータによる攻撃への耐性を持つよう設計されたデジタル署名方式である。NISTは量子コンピュータ時代に備えた耐量子暗号の標準化プロセスを進めており、HAWKはその追加署名スキームの候補として評価されてきた。ただし、2026年8月時点でのHAWKの正確なプロセス上のステータス——候補継続中か、あるいは選外となっているか——については本記事執筆時点で確認が取れていないため、「評価中」という表現は暫定的なものとして読んでほしい。いずれにせよ、広く展開される前の「審査段階」にあるスキームであることに変わりはない。
研究者のZygimantas StraznickaとStephen A. Weisは、Claudeが研究者たちがこれまで利用してこなかった数学的性質(符号反転対称性)を特定したと報告している。この性質を既存の攻撃技術と組み合わせることで、HAWKの秘密鍵の復元が大幅に容易になった。この論文もまた未査読であり、結論の妥当性については今後の査読を経て評価される。
耐量子暗号を専門とするサイバーセキュリティ企業PQShieldの研究責任者で、HAWK関連の論文も発表しているThomas Espitauはこう評した。
「これは今年最も重要な暗号解析結果の一つ、おそらく最も重要な結果だ。候補スキームは展開後ではなく展開前に攻撃されるために存在する。NISTのプロセスはまさにこれを生むよう設計されている」
EspitauはClaudeが「すでに知られていた手法と、研究コミュニティが組み立ててきたパズルの最後のピースを特定した」と説明している。
「脅威」ではなく「加速器」として
ただし、この成果を「AIが人間の暗号研究者を超えた」と解釈するのは早計だ。
サイバーセキュリティ・量子暗号企業ArqitのRoberta Fauxはこう述べている。
「変えなければならないことは何もない。AnthropicとAES外部の暗号研究者の両者が、鍵サイズを変える必要も、暗号を切り替える必要もないと同意している」
Fauxはむしろ、今回の意義をスケールにあると見る。
「重要な展望は、世界最高の格子理論家と一問題で渡り合うことではない。人間が調べるほどの工数を割けなかった数千もの暗号に対して、おおむね専門家レベルの解析を大規模に適用できることだ」
HAWKへの攻撃についても、彼女は冷静な見方を示す。「HAWK攻撃に使われた素材は特別なものではなく、すでに存在していたツールを適切に組み合わせただけだ。耐量子候補スキームを真剣に精査する研究者は地球上でせいぜい数十人程度であり、2年間のレビューを上回ったことは、そのレビュー層がいかに薄いかを示しているに過ぎない」とも語っている。
AIによる暗号解析の自動化・大規模化という文脈では、NISTの耐量子暗号標準化プロセスのように候補アルゴリズムを展開前に徹底検証する仕組みの重要性が、今回の研究によって改めて浮き彫りになったとも言える。
結論:エンジニアが今すぐすることはない
オンラインバンキング、ショッピング、メッセージング、クラウドストレージを保護する暗号が突然陳腐化したわけではない。今回の研究はいずれも未査読の段階であり、コミュニティによる検証がこれから行われる。その上で今回の成果が示唆するのは、AIが次世代暗号方式の安全性評価を、これまでより高速かつ網羅的に行える可能性があるということだ。人間の研究者が手を回せなかった候補アルゴリズムの精査を加速する「道具」として、AIが暗号研究の生産性を底上げする——そうした役割が現実のものになりつつある。
詳細はAI found a weakness in one of the world's most studied encryption systemsを参照していただきたい。