8月8日、Cory LaViska(abeautifulsite.net)が「I'm pulling ColorCopy from the macOS App Store」と題した記事を公開した。
Mac App Storeに81日間掲載したmacOSアプリの売上が$21だったとして、セルフ配布への移行を決断した経緯と、その判断を支えた具体的なデータを公開した内容だ。「App Storeが提供する発見性は本当に機能するのか」を検証する実験として始まった試みの顛末は、インディー開発者にとって他人事ではない。
3ヶ月で$21。「App Storeの発見性」は幻想だったのか
LaViskaが開発したColorCopyは、スポイト・カラーピッカー・パレット管理・コントラストチェッカーの4機能をメニューバーに収めたmacOSユーティリティだ。無料でダウンロードでき、無制限利用は買い切りのアプリ内課金で解除できる。サブスクなし、継続課金なし。App Storeが本来得意とするはずの、シンプルで敷居の低いソフトウェアである。
5月18日にリリースし、マーケティングは意図的にゼロに抑えた。Product Huntへの投稿もなし、Hacker Newsへの投稿もなし。告知はブログ記事1本とツイート1件のみ。「App Storeが謳う発見性が本当に機能するなら、それだけで何らかのトラフィックが来るはずだ」という実験だった。
結果は以下のとおりだ。
- インプレッション:約1,000回
- プロダクトページビュー:149回
- 初回ダウンロード:85回
- アプリ内課金:3件
- 売上:**$21**
81日間の累計だ。1日あたりに換算すると、ダウンロードは1件、売上は$0.26。このペースで12ヶ月続けても年間約$95——Appleのデベロッパー登録費用**$99/年**すら回収できない計算になる。
Mac App Storeは「発見性(discoverability)」——ユーザーがアプリを探す際に自然に出会える仕組み——をセールスポイントとしてきた。しかし実際には、Appleが検索アルゴリズムや特集枠を完全にコントロールしており、無名の個人開発者がオーガニックトラフィックを得るのは極めて難しい。この問題はインディー開発者の間で長年指摘されてきたが、LaViskaの記事はその現実を生データで示した点で説得力がある。
App Storeに留まるコストは「お金」だけではない
金銭面の問題だけなら、まだ許容できるかもしれない。しかしLaViskaが強調するのは、App Storeのサンドボックス制約による機能面の劣化だ。
ColorCopyのスポイト機能には当初、Appleの標準API NSColorSampler より高品質なサードパーティライブラリ(SCColorSampler)を使用していた。SCColorSamplerはアクセシビリティAPIを活用することで標準より滑らかなカラーピッキングを実現するライブラリだが、App Storeのサンドボックスポリシーはアプリが利用できるAPIや権限を厳しく制限しており、こうした手法は認められない。やむなく除去した結果、記事ではこう書かれている。
App Storeに出すために、アプリをわざと劣化させなければならなかった。
他にも、App Store Connectでのメタデータやスクリーンショットやローカライズ情報の入力作業、審査待ち日数の不確実性(「コイントスのような一貫性のなさ」と表現されている)など、運用コストは見えないところで積み重なる。余談として、ColorCopyはApp Storeで10言語対応していたが、リスティングの表示言語が常にフランス語(FR)になるという謎のバグも抱えていたと報告されている。
セルフ配布への移行:PolarとSparkle
App Storeからの離脱後、ColorCopyは自身のウェブサイト経由で配布される形に切り替えた。決済にはPolarを採用している。PolarはインディーデベロッパーやOSSクリエイター向けに特化した決済・マネタイズプラットフォームで、サブスクリプション・買い切り・寄付など複数の収益モデルに対応している。LaViskaはPolarを「新しいStripe」と呼び、別アプリTongueTypeでも使用中だと述べている。
アップデート配信は、macOSアプリのセルフ配布で広く使われるSparkleに移行した。Sparkleはオープンソースのアップデートフレームワークで、App Store外のMacアプリでは事実上の標準となっている。移行作業の核心は、アプリ内課金の仕組みをAppleのStoreKitからPolarに差し替えることだった。それ以外の構造的な変更は最小限で済んでいる。
「自分でトラフィックを集めるなら、自分のサイトに送る」
LaViskaの結論はシンプルだ。App Storeが発見性を提供してくれないなら、開発者は自力でユーザーを獲得しなければならない。そうであれば、獲得した顧客をAppleに送り、売上の30%を手数料として払う理由はない——という論理だ。なお年間売上が$100万未満の小規模開発者を対象としたSmall Business Programでは手数料は15%に下がるが、App Store経由での集客が機能しない以上、この優遇があっても判断は変わらないとLaViskaは述べている。
iOSでは事情が異なる——サイドロードが現実的でない以上、App Storeへの依存は避けられない。しかしmacOSではセルフ配布が今も一級市民の選択肢として存在しており、その前提に立てばApp Storeに入る積極的な理由を見つけるのは難しい、というのがLaViskaの見解だ。
詳細はI'm pulling ColorCopy from the macOS App Storeを参照していただきたい。