8月4日、AWSが「From weeks to minutes: How Formula 1® uses agentic AI on AWS to accelerate data operations」と題した記事を公開した。Formula 1がAWSのエージェンティックAIを活用してデータソースのオンボーディング期間を最大8週間から約40分に短縮した事例を詳細に解説している。
18ヶ月分のバックログが積み上がっていた
F1は世界8億人以上のファンを対象に、チケット販売・ストリーミング・SNS・グッズ販売など多数のタッチポイントを運営している。それらを束ねるMarTechプラットフォーム「Customer 360」は、パーソナライゼーションやセグメンテーション、商業戦略の基盤だ。
問題は、このプラットフォームへの新規データソース追加に1件あたり6〜8週間かかっていたことだ。F1のITディレクターChris Robertsはこう語る。「新しいデータソースのたびに6〜8週間の手作業が必要で、12件の新規ソースを統合するだけで18ヶ月分のバックログが積み上がっていた」。
手作業によるオンボーディングの問題はスピードだけではない。スキーママッピング、パイプライン構築、データ品質チェック、GDPRタグ付けをエンジニアが個別に書くため、実装のばらつきとデータ整合性の問題が生じていた。さらに、上流プロバイダーがカラム名変更やフィールド追加をレース週末中に通知なく行うことも多く、障害発生時には Amazon S3・Amazon Redshift・Airflow・DBTのログを手作業で追跡する必要があり、「なぜこの数字がおかしいのか」という問いに答えるだけで数時間かかっていた。
エージェンティックAIによるデータパイプライン自動化はF1に限った話ではない。2025年前後から、複数のステップを自律的に実行する「エージェンティックAI」は製造・金融・メディアなど各業界のデータ運用に急速に採用が進んでいる。ツール呼び出しや外部APIとの連携を自律的にこなせるようになったことで、従来は人手に依存していたオーケストレーション処理を代替できる段階に達しつつある。F1の事例は、その実用性を具体的な数字で示した先行事例として注目に値する。
解決策:「Data Accelerator」が提供する5つの機能
2026年初頭、F1とAWSが共同開発したData Acceleratorは、Amazon Bedrock AgentCore上のエージェンティックAIを核に、以下の5つの機能を同時に提供する。
- エージェントによるデータソースのオンボーディング自動化
- スキーマ変更の自動検出と修正
- Amazon SageMaker Unified Studioによる統合データアクセス
- エンドツーエンドの可観測性とルート原因分析(RCA)
- 障害の自動検出とコード修正
元記事ではこれらを「ワークストリーム」という表現で整理して紹介している。各機能は独立したモジュールとして設計されており、新機能の追加がコアロジックに影響しない拡張性を持つ。
注目すべき点:40分でオンボーディング完了
エンジニアが特に注目すべきは、フェーズ1→フェーズ2の2段階エージェント処理によるオンボーディング自動化だ。
フェーズ1(設定ファイル生成):チームメンバーがBRD(業務要件定義書)をS3バケットにアップロードすると、AWS Lambdaがトリガーされ、Amazon Bedrock AgentCore Runtimeが起動する。エージェントはBRDを読み込み、設定ファイル一式を生成。GitHub App経由でプルリクエストを標準Gitリポジトリに作成し、Jira REST API経由でチケットも自動発行する。エンジニアはレビューして承認するだけだ。
フェーズ2(フルパイプライン生成):承認後、エージェントは以下の3つのPRを別々に生成する。
- AWS Glueのアプリケーションコードとインフラコード
- DBTトランスフォーメーションフレームワーク
- GDPRタグ付けを含むガバナンスポリシー
特筆すべきはGDPR分類の自動化だ。エージェントはすべてのデータカラムを解析し、個人データ・機密個人データ・仮名化データを判定してタグを付与。SageMaker Unified Studioのガバナンスレジストリに直接パブリッシュするため、コンプライアンスチームの手作業レビューが不要になる。
内部アーキテクチャも工夫されている。エージェントはスキーママッピング、データ品質検証、ガバナンス適用、機密データ分類をそれぞれ独立したスキルモジュールとして持ち、マルチパス推論(Pass-0でトークン管理、Pass-1でツール出力の要約、Pass-2で全体評価)で精度を段階的に高める。新機能はスキルモジュールとして追加するだけで、コアのエージェントループを変更する必要はない。
結果として、コード生成は約40分。AIエージェントが作業の95%を自律的に処理する。
スキーマ変更の自動追跡とRCA
上流プロバイダーがカラム名を変更したり、フィールドを追加したりした場合、同じエージェントアーキテクチャがAWS LambdaとAmazon EventBridgeのイベント駆動トリガーで変更を検出する。影響を受けるパイプラインと下流コンシューマーを特定し、修正PRを自動生成してJiraチケットを作成。エンジニアには「何が変わったか」「影響範囲」「修正案」がセットで通知される。対応時間は数日から数時間に短縮された。
可観測性の面では、S3の生データ取り込みからRedshiftのDBTステージまでの全データリネージュを単一のインタラクティブグラフとして可視化。15分ごとに自動更新され、パイプライン障害時は影響箇所と下流への波及範囲が即座に確認できる。RCAツールはシステムログを読み込み、ビジネスコンテキストとシステムトポロジーをJSON形式で受け取ることで「S3にファイルがない」という事実だけでなく「上流プロバイダーが配信ウィンドウを変更したため、パイプライン実行時にファイルが存在しなかった」という原因まで説明する。
統合データアクセスと顧客ID解決
Amazon SageMaker Unified Studioの導入により、データエンジニア・データサイエンティスト・アナリストが別々のAWSアカウントで作業していた分断を解消した。ガバナンスは宣言的な設定として定義され、IAMポリシーやAWS Lake Formationの手作業設定なしに、安全なセルフサービスアクセスが実現している。
また、ファンのタッチポイント(アプリ・チケット・F1 TV・SNS)を単一IDに統合する顧客ID解決アルゴリズムは、処理ボトルネックのプロファイリングとマッチングロジックのチューニングにより、処理時間を50%短縮。パイプライン全体の変更や精度のトレードオフなしに実現した。
F1のHead of Data Operations、Matt Kempはこう述べている。「ソースを数時間でオンボーディングし、IDをより速く解決できるようになった今、すべてのマーケティングチャネルでファンが期待するパーソナライズされた体験を実際に届けられる」。
詳細はFrom weeks to minutes: How Formula 1® uses agentic AI on AWS to accelerate data operationsを参照していただきたい。