8月2日、Ted Litchfieldが「The voice of Shinji in Evangelion says AI voice cloning is 'heartbreaking,' calls for Japanese government to intervene」と題した記事を公開した。『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ役で知られる声優・緒方恵美が、TikTokなどのプラットフォームに蔓延するAI音声クローニングを「heartbreaking(胸が張り裂ける)」と批判し、「コンテンツ大国を自称しながらなぜルールを作れないのか」と日本政府の対応の遅さに苦言を呈した。声優個人の訴えにとどまらず、日本の法制度の構造的な空白を問う発言として注目を集めている。
緒方恵美、AI音声クローニングに「見て見ぬふりはできない」
TBSニュースDigのインタビューに応じた緒方恵美は、TikTokをはじめとする動画プラットフォームでAIによる音声模倣コンテンツが蔓延している現状を直接取り上げた。緒方はゲーム『ダンガンロンパ』や『ペルソナ』シリーズにも出演する、30年以上のキャリアを持つ声優だ。PC Gamerの記事はTBSニュースDigの報道を英語圏向けに紹介する形を取っており、以下の引用は同記事が掲載した英訳をもとに日本語に再訳したものである。
「私の声は私のアイデンティティの一部です。自分が言いたくないことを勝手に言わせて、それを私の声として売る人がいるのが、本当に理解できない。胸が張り裂ける思いです。」
さらに、日本政府の対応の遅さにも苦言を呈した。
「コンテンツ大国と自称する日本が、なぜコンテンツの利用ルールを作ったり、『これが我々のポリシーだ』『これは問題だ』と世界に発信できないのか。」
法整備の空白が生む問題
緒方の訴えの背景には、日本の著作権制度が抱える構造的な問題がある。
著作権法第30条の4は、AIの学習目的でのデータ利用を広く認める条文として解釈されており、声優の音声を本人の同意なくAIモデルの学習に用いることを明確に禁じる規定が現状では存在しない。声を盗用されたクリエイターが既存の法律で救済を求めることは難しく、生成物がプラットフォームで拡散しても対処しづらい状況が続いている。
この問題に対し、文化庁および文化審議会では2024年にかけてAI生成コンテンツと著作権の関係について議論が重ねられてきた。検討の俎上には、声優・俳優の音声や肖像をAIによる無断複製から保護する、いわゆるパブリシティ権的な保護制度の拡充も含まれているとされる。ただし現時点では具体的な立法には至っておらず、制度の空白が続いている状況だ。
※編集部の考察:日本では氏名・肖像などに関する「パブリシティ権」が判例法上認められているものの、AI生成音声への適用可否は未整理であり、立法的な手当てが急務とされている。
緒方の発言は、単なる個人の不満表明ではなく、政府への具体的な法整備要求として注目される。「コンテンツ大国」を自称しながら、そのコンテンツを生み出すクリエイターを守る制度設計が追いついていないという指摘は、声優業界にとどまらない問題提起だ。
「企業だけでなく、モッダーや個人クリエイターも問題」
この問題で特徴的なのは、批判の対象が大企業のAI活用だけにとどまらない点だ。PC Gamerの記事は、ゲームのMod(非公式改造データ)制作者——いわゆるモッダー(Modder)——による無断音声クローニングにも言及している。
緒方と同様の立場をとる声優は海外にも多い。Bethesdaのゲームで知られる声優Wes Johnsonは、「同意なしに俳優の声をAIで使おうとしているモッダーは、自分たちが間違っていることをわかっているはずだ」とXに投稿している。『マスエフェクト』などで知られるJennifer Haleはスタジオ側の責任を問い、『バルダーズ・ゲート3』のナレーターを務めたAmelia Tylerも2024年のBAFTAでAI音声クローニングを公に批判した。
PC Gamerの記事では、プロ・アマ問わず声を無断で利用することの気味悪さを指摘している。金銭的な問題を抜きにしても、誰かの声を盗んで好き勝手に発言させることは、たとえ無害なコンテンツであっても倫理的に問題があるという論点だ。
詳細はThe voice of Shinji in Evangelion says AI voice cloning is 'heartbreaking,' calls for Japanese government to interveneを参照していただきたい。