8月1日、Cory Doctorowが「Pluralistic: Why businesses lie about AI (01 Aug 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow」と題した記事を公開した。この記事では、企業がAIの成果について正直に語れない構造的な理由と、それが組織の意思決定を蝕んでいる実態について詳しく紹介されている。
「AIがすべてを変える」という空虚な言葉
「AIはすべてを変えている」——ビジネスの場でこのフレーズを耳にしない日はない。しかしDoctorowは、この言葉の空洞さを指摘する。実際に「何が変わったのか」を問い詰めると、多くの人は「まだ変わっていないが、いずれ変わる」と言い直す。
この問題を正面から論じたのが、テックコンサルティング会社Hermit Techのコンサルタント、Nikhil Sureshだ。Sureshは2024年に「I Will Fucking Piledrive You If You Mention AI Again」というタイトルの辛辣なAI批判を発表し、テック業界で広く読まれた人物である。そのSureshが今回、数百人の経営幹部とその部下への取材をもとに、「AI Mania Is Eviscerating Global Decisionmaking」と題した約6,000字の論考を発表した。
正直に話せば解雇される「囚人のジレンマ」
Sureshの論考の核心は、以下の一節に集約される。
経営幹部がAIで得た成果について正直に話すことをめぐる、協調問題に直面している。正直に話せば職を保てるかもしれないが、「裏切り」に出れば、暗黙的に同僚を嘘つき・臆病者・無能者と呼んだことになり、おそらく解雇される。そして自分の代わりに、ラインに従う人間が据えられるだけだ。全員が一斉に真実を認めれば希望はあるが、そうした協調を実現する方法がない。
これはゲーム理論でいう「囚人のジレンマ」の構造そのものだ。個々のプレイヤーにとって合理的な選択が、集団として破滅的な結果をもたらす。Sureshが訴えているのは個人の意図的な欺瞞ではなく、あくまで組織の構造がそうした行動を「合理的な選択」として強いてしまっている点だ。
Sureshが報告する現場の実態はさらに生々しい。
- 従業員500人以上の企業では、昇進できたのはAIの「変革力」について「信仰告白」をした人間だけだった。AI導入に合理的な異議を唱えた社員は、昇進を見送られるか、レイオフの標的にされた。
- Hermit Techは過去1年半で成功した企業向けAIプロジェクトをゼロ件しか見ていない。「100%失敗している」とSureshは言い切る。
- Sureshは、上場企業がAIの成果について発表した内容が「実際には起きていない」と知りながら、その発表を目にしたことが何度もあると述べている。
「AIウォッシュ」という生存戦略
現場の社員も対応策を編み出している。「AIウォッシュ」——実際には従来どおりの手作業でこなした仕事を「Claudeがやった」と言い張るやり方だ。なお「AIウォッシュ」とは、ESG文脈における「グリーンウォッシュ」(実態を伴わない環境配慮の演出)から派生した語で、AI活用を実態以上に見せかける行為を指す。
信憑性を持たせるため、あるチャットボットが別のチャットボットにプロンプトを送り、それが逆順で繰り返されるという「循環プロセス」まで作られている。目的はただ一つ、社内の「AIトークン消費ランキング」で上位に入るためだ。
ある部門では、AIエージェントをサポートするインターフェースの開発に多額を投じた結果、実際に使ったユーザーがわずか10人だったことが判明。それでも「アジェンティックワークフロー」への再ピボットを断行した。理由は「すべての会社がアジェンティックな何かをしなければならないから」。
「Head of AI」という肩書きを持つ幹部がSureshに打ち明けた言葉も象徴的だ。「この仕事は完全に詐欺だが、組織に残された唯一の昇進ルートだった。」
デモが経営者を「催眠」する
なぜ合理的なはずの経営者がここまでAIに引き寄せられるのか。Sureshはその主因を「AIデモの催眠効果」に求める。
Hermit TechはデータウェアハウスツールのSnowflakeの導入支援を手がけることが多いが、Snowflakeには「Cortex」というAIアドオンがある。Sureshの論考によれば、Snowflake自身が「理想的な条件下でも精度は92%」と説明する代物で、つまり8%以上の確率で誤った結果を返す。
Sureshのチームはこの製品が顧客の要件を満たせないと説明しながらも、要望でデモを実施した。結果は毎回同じだった。
それまで無関心だった顧客が、即座に「今すぐ購入したい」と言い出す。数百万ドルのコスト削減につながる技術提案に動じなかった人間が、「不適切で信頼性が低い」と説明された製品のデモに完全に催眠状態になる。
この現象の背景には、すでにAIに数百万ドルを費やしながら何も成果が出ていない経営者の焦りがある。「AIが何かを実際にやっている」という光景が、他の全員がAIで革命を起こしている中で自分だけ取り残されているという恐怖を刺激する。Hermit TechはCortexのデモを全面的に禁止した。
構造的な問題として——出口はあるか
Doctorowはこの現象を「新古典派経済学の合理性仮定の破綻」として位置づける。「金持ちは賢いはずだ」という前提が、「有力なCEOがAIはすべてを変えると言うなら、そうに違いない」という短絡につながっている。
Sureshが指摘するもう一つの構造的な歪みがある。顧客企業が「AIで生産性100倍」と公言している場合、ベンダーもそれに乗らざるを得ない。「その主張は現実的ではない」と口にすることは、顧客を嘘つき呼ばわりすることになり、契約を失うリスクを負う。沈黙か、同調か——それしか選択肢がない。
結果として、「AIに費やした金額」のような完全に操作可能な指標が社員や部門の評価基準になっている。
Sureshの論考が示すのは、AIバブルに乗じた個人の悪意ではなく、「正直に言えば損をする」という構造が組織全体を誤った意思決定へと誘導しているという現実だ。囚人のジレンマから抜け出すには、評価指標の刷新か、あるいは組織内で協調して現実を直視する仕組みが必要になる——しかしSureshは「そうした協調を実現する方法がない」と述べており、問題の深刻さを改めて浮き彫りにしている。
詳細はPluralistic: Why businesses lie about AI (01 Aug 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorowを参照していただきたい。