8月2日、Digital Trendsが「Anthropic is paying $1.5 billion over pirated books, but it can still legally cut up purchased ones」と題した記事を公開した。この記事では、Anthropicが約50万冊の海賊版書籍をめぐる著作権訴訟で15億ドルの和解に合意した一方、購入した紙の書籍を自ら断裁・スキャンしてAI学習に用いる行為は「フェアユース(公正使用)」として法的に認められたという判決について詳しく紹介されている。
「海賊版はアウト、自分で買って裁断はOK」という奇妙な判決
連邦裁判所が承認した和解の構図はシンプルだ。AnthropicがLibGenやPiLiMiといったシャドーライブラリ(非公式の電子書籍配布サイト)からダウンロードした約50万冊については、正規に取得していないため著作権侵害が成立し、15億ドルの支払いで和解した。
一方で注目されているのは、もう一方の行為の扱いだ。Anthropicは紙の書籍を市販ルートで購入し、製本を外し(いわゆる「断裁」)、全ページをスキャンして電子ファイル化したうえで、物理的な原本を廃棄していた。裁判所はこの行為を「フォーマットの置き換え」と判断し、外部に配布しない限りはフェアユースに該当するとした。
つまり、同じ書籍でも「不正ダウンロード」は億単位の賠償を生み、「購入して裁断」は合法という結論になる。
裁判所の判断の根拠となった文書はこちらで確認できる。
フェアユース判断の法的根拠
米国著作権法において、フェアユースの成否は以下の四要素によって総合的に判断される。
- 使用の目的と性質(商業目的か非営利・教育目的か、変容的か)
- 著作物の性質(事実に基づくものか創作性が高いものか)
- 使用された分量と著作物全体に占める割合
- 著作物の市場または価値への影響
裁判所は今回、Anthropicによる断裁・スキャン行為を「変容的使用(transformative use)」の一形態である「フォーマットの置き換え」として評価した。すなわち、正規購入済みの書籍を社内でのみ利用するためにデジタルデータへ変換する行為は、第一要素における変容性を一定程度満たすと判断された。また、スキャンされたデータが外部に配布・公開されていないことから、第四要素の「市場への悪影響」も限定的と認定された。
一方、LibGenやPiLiMiから取得した海賊版については、取得行為そのものが無許諾であり正規市場を侵食するため、これらの要素が総じてフェアユースを否定する方向に働いた。今回の判決は、取得経路の合法性こそがAI学習における著作権判断の根本的な分岐点であることを示している。
オーストラリアの古書店が気づいた「異常な注文」
この判決を背景に、新たな疑念が浮上している。オーストラリアの古書店が、AbeBooks(イーベイ傘下の古書ECサービス)やBiblioを通じて、地域の歴史書など長年売れ残っていたような地味なタイトルに大量の注文が入っていることに気づいた。
注文は複数箱分に及び、買い手は価格に対して異常なほど無頓着だったという。Zoom Booksという業者は、1日に数万冊を処理する自動化された古書の転売・リサイクル事業を運営しており、元記事はこの業者と今回の大量注文との関連を疑われているものとして報じている。同社はデジタル化は行っていないと否定しているが、顧客の身元については明かさないとしている。
元記事の時点では、これらの注文をAnthropicや他のAI企業と結びつける証拠は存在しないと明記されている。ただし、書籍が棚を離れた後の行方について売り手側には追跡手段がなく、疑念を完全に払拭できない状況であることも事実だ。
スキャンで失われるもの
裁判所がフェアユースを認定した「フォーマットの置き換え」は、あくまで情報としてのテキストを別媒体に移す行為として評価されている。しかし、書籍という物体が持つ文脈はテキストデータに還元されない側面がある。
元記事が指摘しているのは、古書が持つ固有の歴史的価値だ。かつての所有者による書き込み、蔵書印、特定の流通経路をたどってきた来歴といった情報は、スキャンデータには引き継がれない。特にオーストラリアの地域史に関する書籍のように、デジタル化されておらず流通量も少ないタイトルが大量購入・廃棄されれば、その物理的な文化財としての存在が失われるリスクがある。
また、売り手である古書店にとっては、購入者が書籍をどう扱うかを知る手段がない。フェアユースの条件として「外部配布しないこと」が挙げられているが、その履行を第三者が検証する仕組みは現状存在しない。法的には決着がついても、古書市場の透明性という観点では問題が残ったままだ。
著作権法が示した「グレーゾーンの輪郭」
今回の和解と判決が明らかにしたのは、AI学習における著作権法の適用範囲の輪郭だ。取得経路の合法性が判断の分岐点であり、正規購入した素材をプライベートな用途でフォーマット変換することは、現行法の下では許容されうる。
著作権をめぐるAI企業への訴訟は各所で続いており、今回の判決はその一つの先例となる可能性がある。一方で、古書市場への影響や、購入書籍の最終用途に対する透明性の欠如という問題は、法的には決着していない。
詳細はAnthropic is paying $1.5 billion over pirated books, but it can still legally cut up purchased onesを参照していただきたい。