AIエージェントを「経営の中心」に置き、予算未達の原因を自律的に解かせる——。GROWTH VERSEでVP of Technologyを務める稲田修也氏は、グループ会社で約50年の歴史を持つ「電話放送局」を、プロダクトから経営の動き方まで丸ごとAI化する取り組みを進めている。4月には電話応対プロダクトを完全AI化してリリース。後編では、その変革の現在地(「まだ10%、1合目」)と最大のボトルネック、そしてAI時代にエンジニアと経営層が何をどう備えるべきかを、元NLP研究者でもあるCTOが具体的に語る。前編はこちらから。
50年続く「電話放送局」を、丸ごとAI化する
―稲田さんは現在、GROWTH VERSE全体のテクノロジーを見るお立場と、電話放送局のCTOを兼務されています。1978年創業の電話放送局をAIネイティブにしていく、という事業の概要と、何を実現したいのかを伺えますか。
稲田:電話放送局は、2026年現在約48年続いている歴史のある会社です。創業時はまた別の事業でしたが、この会社がどういうビジネスを展開しているかといえば、電話を受けて自動受付をやっている会社なんですね。たとえば「こういう用件の人は0番を押してください」「こういう用件の人は1番を押してください」と自動で流れることがありますが、そのようなプロダクトを作っている会社です。電話回線も自前で持っていて、その回線にかかってきたらプロダクトが動くようになっています。あるいは、こちら側から電話をかけて料金の支払い催促をするとか、電話周りのプロダクトをたくさん作っている会社です。
―その部分を、AIを活用して変革していく展望があるということでしょうか。
稲田:そうですね。プロダクト自体は、今すべてリプレースが終わっていて、4月にリリースを出しました。完全にAI化した形です。お客さんから電話がかかってくると、AIが答える仕組みになっています。
その次に、会社自体の動き方をどんどんAI化していきたいと思っています。
AIエージェントを経営の中心に置く——予算未達の「なぜ」を自律的に解く
―会社の動きをどのようにAI化していくのでしょうか。
稲田:たとえば、今期の売上目標や利益目標があって、そこから「30件くらいは契約を取りたいね」というブレイクダウンがあるとします。それを毎月モニタリングしていって、「ここは件数が足りないね」「逆に契約解除されちゃった」というのが出てきて、予算の達成・未達が決まっていく。
これをすべてAIが常に見ていて、たとえば「今月、予算が達成できませんでした」となったら、経営者が「それはなぜ?」と聞く。するとAIが、「本当は取れると思っていたこの案件が取れなくて」と返す。そこを深堀りすると、「おそらくこれが原因で取れなくて」——それがプロダクト側の原因なのか、コミュニケーション上の問題なのか、どうしようもない原因なのか、というところまで含めてAIの分析結果を教えてもらいます。
プロダクト側の原因なら、次から同じことが起きないように、プロダクト開発のタスクとして早急に積まなければいけません。AIエージェントがどんどんプロダクトのタスクを積んでいくと、開発用のAIエージェントもたくさんいるので、さらに開発が進んでいきます。逆に営業側が原因なら、「こういうコミュニケーションスタイルに変えていきましょう」「資料としてこういうところを補強すべきです」と、営業に対して返していく。
こうしたAIエージェントを経営の中心、事業の中心に置いていくと、判断がどんどん早く進んでいくと思うんですよね。AIエージェントをたくさん配置することでそれを実現したい。そこに対して人が「これはこういう理由だから違うと思う」というフィードバックをAIに与えつつ、AI自体が成長して経営がうまく回るように——ということを、GROWTH VERSE全体で進めようとしていて、その1つとして電話放送局でもやろうとしている状況です。
―経営の重要な分析をAIが担い、それを具体的にどう動かすかという決定は人間が担う、というイメージでしょうか。
稲田:ある程度、その決定にも幅があると思っています。「もうこれは基本的に大丈夫でしょう」というものはどんどんAIが決定していくこともありますし、「これは大きな方針変更だ」「迷いがある」というシーンも出てきます。そういうところはAI側から人間にエスカレーションして、人間が承認する、という形のイメージですね。
「まだ1合目、10%」——進捗を阻むボトルネックは“全体設計できる人”
―こうした新しい組織が完成した状態を100とすると、今はどれくらいのステップにいる感覚ですか。
稲田:体感では、本当にまだ10%とか、1合目くらいなのかなという気がします。ただ、今のAIの実力値で必ずできることだという気はしているんです。モデル側の進化はもちろんあるのですが、どちらかというと、モデルを組み合わせる我々の仕組みがまだ足りていません。だから「AIの進化を待つ」というより、「早くやりたい」という感覚です。手を動かせばちゃんとできるものなのかなと。途中でたくさん課題は見つかるでしょうけど、今のレベルのAIでも十分できる話だと思っています。ただ、どこもまだちゃんとはできていない話だと思うので、しっかり進めていきたいですね。
―その10%の完成度を、たとえば50%超えに持っていくためのハードルは、どんなところにあるとお考えですか。
稲田:会社の業務全体をうまく分解して、「これはこういうエージェントに任せよう」と設計できる——これがすごく重要だと思います。ただ、このスキルはまだほとんどの人が経験したことのない業務なんですよね。だから全体設計をできる人自体がすごく少なくて、そこがボトルネックになっている状況です。
エンジニアなら誰でもできるわけでもないですし、逆に経営管理や営業に詳しい人ができるわけでもありません。全体を見通して設計できて、かつ技術にも詳しい、ということが必要になってくるので、それができる人がリソースとしてボトルネックになっているイメージですね。
―GROWTH VERSEでは、それを実践しながら知見を蓄積していくステージにある、ということですね。
稲田:まさにおっしゃる通りで、今だと電話放送局のところは私がCTOなので、私がガンガン進めつつ、今後たくさんのM&Aやグループ全体への展開に向けて、ここで「型」を作っておきたいと考えています。それができれば、どのエンジニアでもできる、あるいは詳しい人なら分解はできるからエージェントを作るところはエンジニアに任せる、といった切り分けもできます。「どこまでを誰がやるのか」「みんなにどういうスキルが必要なのか」も、今は手作業でやっているところなので、今回の電話放送局をきっかけに、どんどん広げていけるフォーマットにしたいですね。
CTOとテクノロジー推進という2つの役割をAIで両立
―GROWTH VERSE全体のテクノロジーを見る立場と、電話放送局のCTO。2つのミッションを両立するにあたって、AIはどう機能しているのでしょうか。
稲田:まだ完璧ではないのですが、各地で起こっている問題——干渉範囲がすごく広くなってきているので——をAIがわかりやすく教えてくれたり、検知してくれたりする条件を、どんどん整えていっています。なので、キャッチアップがすごく早くなってきているとは思います。
ソースコードも、AIがレビューして私に教えてくれます。今までは1個1個のソースコードを見ていないとわからなかったところも含めて、ちゃんと適切にエスカレーションしてくれる。議事録もそうで、基本的に全部のミーティングに(AIが)入っているので、そこを要約してくれます。自分が開発の全部のミーティングに入らずとも、ある程度は教えてくれて、「これは見るべき」というミーティングはエスカレーションしてくれる。そうやって情報のキャッチアップ速度を早くしつつ、そこにかかる時間を短くして、できるだけ全体を見通せるところ、要所を抑えるところに自分を使っている、という感じですね。
―情報の量は多いけれど、キャッチアップにかかる時間は短くなる、という反比例の形がうまくAIでできている、と。
稲田:そうですね。
スタートアップだからこそ。組織の縦割りがない強み
―逆に、スタートアップだからこそできるAI活用、あるいは難しさや落とし穴があれば、読者へのアドバイスとして伺えますか。
稲田:スタートアップならではなのか、弊社ならではなのかはわからないですけど、「AIに賭ける(ベットする)」とは決めているので、前提としてとにかくAIを使っていくムードがあります。AIエージェントをどんどん作っていくことが、すごく推奨されている文化です。最新モデルを使って、かつ「データソースをどこから引っ張ってくるか」もすごく重要なので、そこも含めて柔軟にやれます。
一方で、セキュリティはすごくシビアに守らなければいけません。新しいニュースが毎日のようにAI周りで出てくるので、そこをすぐ取り入れられるところは強みかもしれないですね。
あと、これは弊社の特徴かもしれませんが、今150人くらい社員がいるのですけれども、縦割り組織ではありません。テックチーム、コンサルチーム、営業チームはあるんですけど、みんながAI化に対してすごく協力的なんです。
お客様先に常駐することもありますが、大手企業さんで感じるギャップとしては、組織の縦割りによって知見共有が進みにくい。本来は全社最適でいいエージェントを作っていくべきなのに、個別の業務だけでエージェントを作っているケースが多い印象です。弊社は縦割りのしがらみがない状態で進められるので、全体にとって最適なエージェントを作りやすい、というところはあると感じましたね。
エンジニアへ——「コードを書くこと」は趣味になる
―最後に、AI時代のエンジニアと経営層、それぞれに向けてメッセージをお願いします。まずはエンジニアの方へ。
稲田:半年前は、AIにコード生成を任せている部分も多かったけれど、アウトプットもやや不安定でした。それがこの半年でかなり解消されてきて、「1個1個コードを見なくてももういけるよね」という意見が、当社の中でも多数派になってきています。
このままAIが高速に進化していくとなると——Anthropicの中のClaudeを作っている人たちも言っていますけど——ここから半年後くらいには、コードを見なくていいのはもちろん、かなり自然言語ベースで進められるようになります。今は「ちゃんと設計しなきゃね」というのがありますけど、そこも含めて、AIが指示を適切に解釈して設計を組み立ててくれるようになっていくと思うんですよね。
さらに1年半後、2027年の終わりくらいには——今「バイブコーダー」(自然言語の指示を中心にコードを書く人)のような、エンジニア出身ではない人がエンジニアリングできる、という流れがありますけど——それがより強くなるでしょう。限りなくエンジニアっぽいアウトプットが、単純にチャットで指示を出すだけでできるようになる、というのが1年半くらいすると来るのかなというイメージです。
―そうなると、技術的な基礎はどこまで必要になるのでしょうか。
稲田:今は技術的な基礎を、新卒も含めて全員にひと通り学んでもらっています。それは引き続き、ここから半年〜1年くらいはずっと必要だと思っているんですけど、その先で、エンジニアの基礎、アプリケーションの基礎のようなところがどこまで必要なのかは、結構難しいなと思っています。
ただ、引き続きすごく重要な分野はあります。1つはセキュリティです。攻撃側もAIなので、そちらもすごく強くなります。防御側と攻撃側がずっと強くなり続ける感じなので、セキュリティは必ずやらなければいけないことの1つです。
あとは、いわゆるCTO的なスキルです。インフラコストやコスト面を事業としてどう捉えるか。サーバーをたくさん立てるとコストがどんどん上がるので、それをどれだけ抑えるか。開発リソースを投資したことで、どれだけ返ってきているか、という観点ですね。基礎的な知識はいくつかの分野に絞られてきて、セキュリティとAIの基礎、いくつかの分野が残るかなというイメージです。
加えてエンジニアとしては、単にコードを書くだけではなくて、「事業としてどういう採算が取れていて、どういう方向に向かうべきか」という方向づけができる幅広さが求められます。だから弊社では、セキュリティはもちろんやりますけど、プラスでプロダクトマネージャー寄りの領域、コンサル寄りの領域にも、エンジニアに行ってほしいと思っていますし、そういう教育体制を整えていきたいと考えています。
―プログラミングを書くこと自体が好きで、そこにまだできることがあるんじゃないか、という声もありますが、いかがですか。
稲田:そうですね、プログラミングは趣味の領域になるかもしれません。元々エンジニアリング自体も、すごく昔だと0と1で書かれた機械語があって、その上にアセンブリ言語のような、今より難しいプログラミング言語があって、それが徐々に積み重なって、今の英語っぽい、普通に言葉っぽいプログラミング言語になってきました。それと同じような話になってくるんだろうなと考えています。もちろん、プログラミング言語を新しく作るような仕事もあるので、ごく一部の人には必要ですけど、ほとんどの今のエンジニアと言われている人たちにとっては不要になるような気がします。
経営層へ——「AIネイティブ企業」の波は、思っているより早く来る
―同じく、AI時代の経営層、非エンジニアの事業をしている方へのメッセージをお願いします。
稲田:AIネイティブな会社は今後増大すると思っています。本当にごく少人数で、びっくりする素晴らしい製品を世界中の多くの人に届けられる、という事例がどんどん出てくるでしょう。例えばCursorのようなプロダクトがありますけど、あれもかなり若いCEOが立ち上げてごく少人数のメンバーで成功させたプロダクトでしたし、各分野で日本にも漏れなく起こってくる流れだと思っています。既存の仕組みで作っていた事業とは利益率が全然違うので、ありえないくらい変わってくると思うんですよね。
だから構造的に、AIネイティブな会社には、既存の事業体・事業のやり方では勝てなくなってくるでしょう。しかもこれは、皆さんが一般に言っている速度よりも、もっともっと早く波が来るのではないかという気がしています。本当に1年とか2年とかで、かなりガラッと、AIネイティブな業務の会社がどんどん台頭してくるのではないかと思っています。
なので、もう早急にAIエージェントに自分で触れつつ、今の業務を新しく変えていかないと、結構間に合わない会社が出てくるのではないか——というのが、私が思っているところですね。
(終)
プロフィール
稲田 修也(いなだ・しゅうや)/ Shuya Inada GROWTH VERSE VP of Technology/Technology部 部長 兼 電話放送局 取締役CTO
東京大学経済学部卒業後、同大学院情報理工学研究科へ進学。自然言語処理(NLP)を中心としたAI分野の研究に従事。複数のスタートアップの立ち上げに関わったのち、2022年3月にGROWTH VERSEにジョイン。2025年7月よりTechnology部部長 兼 電話放送局 取締役CTO。約50年の歴史を持つ電話放送局のプロダクト・経営をAIネイティブへと刷新する取り組みを牽引している。